甲陽軍鑑 / 品第十四
此時節は信玄公少しも大事になされず歸陣ありて、何の仕置のさたもなく、猿樂をあつめ七日の間能をさせて見物あり、わかくまします時よりも、皆人の存るに各別なるは信玄公なり、其子細は武邊專らかと見申せば、能にすき歌をよみ詩を作くり、花奢風流にして遊山見物專らかと思へば、諏訪の春芳、甲州の八田村、京の松木珪琳などゝ申す地下人·町人を召し寄せ給ふ、此者ども日々出頭してうはもるかと見れば、信玄公御詞の滋くかゝるほと、ひらに慇懃に成、諸侍をあがむる、
新字:此時節は信玄公少しも大事になされず帰陣ありて、何の仕置のさたもなく、猿楽をあつめ七日の間能をさせて見物あり、わかくまします時よりも、皆人の存るに各別なるは信玄公なり、其子細は武辺専らかと見申せば、能にすき歌をよみ詩を作くり、花奢風流にして遊山見物専らかと思へば、諏訪の春芳、甲州の八田村、京の松木珪琳などゝ申す地下人·町人を召し寄せ給ふ、此者ども日々出頭してうはもるかと見れば、信玄公御詞の滋くかゝるほと、ひらに慇懃に成、諸侍をあがむる、
書き下し
此時節は信玄公少しも大事になされず帰陣ありて、何の仕置のさたもなく、猿楽をあつめ七日の間能をさせて見物あり、わかくまします時よりも、皆人の存るに各別なるは信玄公なり、其子細は武辺専らかと見申せば、能にすき歌をよみ詩を作くり、花奢風流にして遊山見物専らかと思へば、諏訪の春芳、甲州の八田村、京の松木珪琳などゝ申す地下人·町人を召し寄せ給ふ、此者ども日々出頭してうはもるかと見れば、信玄公御詞の滋くかゝるほと、ひらに慇懃に成、諸侍をあがむる、
現代語訳
この時、信玄公は少しも大事になさらず帰陣されて、何の仕置のさたもなく、猿楽を集めて七日の間能をさせて見物された。若くいらした時から、皆人が思うのと格別に違うのが信玄公である。そのわけは、武辺一筋かと見れば、能を好み、歌を詠み、詩を作り、華やかで風流で遊山見物ばかりかと思えば、諏訪の春芳、甲州の八田村、京の松木珪琳などという地下人・町人を召し寄せられる。この者どもが日々出頭して思い上がるかと見ると、信玄公のお言葉がしげくかかるほど、ひたすら慇懃になって諸侍をあがめる。
解説
この章句が説くこと
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