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甲陽軍鑑 / 品第十三

兩上杉殿八萬あまりの着到を記す、北條家にて實否一定の合戰なれば、此方には氏康が罷在、合戰は疑べからず、さありて城をよくもたねば後詰はならぬ者なり、後詰ならねば運の合戰は仕がたし、氏康ほどの者こもらせてこそとて、北條左衞門太夫を河越にこめらるゝ、扨て兩管領旗本は武藏の柏原と云ふ所に兩上杉なから同座あり、八萬余りの人數をもつて河越を取りまく、氏康衆にはかり事ありて四度目に疑かひを散じて、合戰と定めらるゝ、敵大軍なれば旗本を伐りくづすとも、さき衆はまきつめべし、必ず城よりつゐて出べからずと云ふ儀を城内へしらせ度と宣いければ、

新字:両上杉殿八万あまりの着到を記す、北条家にて実否一定の合戦なれば、此方には氏康が罷在、合戦は疑べからず、さありて城をよくもたねば後詰はならぬ者なり、後詰ならねば運の合戦は仕がたし、氏康ほどの者こもらせてこそとて、北条左衛門太夫を河越にこめらるゝ、扨て両管領旗本は武蔵の柏原と云ふ所に両上杉なから同座あり、八万余りの人数をもつて河越を取りまく、氏康衆にはかり事ありて四度目に疑かひを散じて、合戦と定めらるゝ、敵大軍なれば旗本を伐りくづすとも、さき衆はまきつめべし、必ず城よりつゐて出べからずと云ふ儀を城内へしらせ度と宣いければ、

書き下し

両上杉殿八万あまりの着到を記す、北条家にて実否一定の合戦なれば、此方には氏康が罷在、合戦は疑べからず、さありて城をよくもたねば後詰はならぬ者なり、後詰ならねば運の合戦は仕がたし、氏康ほどの者こもらせてこそとて、北条左衛門太夫を河越にこめらるゝ、扨て両管領旗本は武蔵の柏原と云ふ所に両上杉なから同座あり、八万余りの人数をもつて河越を取りまく、氏康衆にはかり事ありて四度目に疑かひを散じて、合戦と定めらるゝ、敵大軍なれば旗本を伐りくづすとも、さき衆はまきつめべし、必ず城よりつゐて出べからずと云ふ儀を城内へしらせ度と宣いければ、

現代語訳

両上杉殿は八万余りの着到を記す。北条家では、実否一定の合戦であるから、こちらには氏康がおり、合戦は疑いない。そうであれば、城をよく持たせなければ後詰はできないものである。後詰ができなければ運の合戦はしがたい。氏康ほどの者を籠もらせてこそと、北条左衛門太夫を河越に籠められる。さて両管領の旗本は武蔵の柏原という所に両上杉ながら同座している。八万余りの人数で河越を取り巻く。氏康衆には謀があって、四度目に疑いを晴らして合戦と定められる。敵は大軍なので旗本を伐り崩しても先手の衆は巻き詰めるだろう。必ず城から続いて出てはならない、ということを城内へ知らせたい、と仰せられたので、

解説

侮りを忘れた両上杉は八万余りで河越を囲む。氏康は、後詰の決戦をするには城を持ちこたえさせねばならないと考え、自分に劣らぬ北条左衛門太夫を籠めた。そして謀をめぐらせ、疑いを重ねて晴らしたうえで合戦を決める。さらに城兵には、勝っても続いて打って出るなと伝えようとする。大軍を前にしても、要の人選と段取りと伝達を一つずつ詰めていく姿勢が見える。大軍を侮らず、段取りで勝ちに行く姿勢である。

この章句が説くこと

大将段取り人選後詰判断北条

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