甲陽軍鑑 / 品第十三
其ごとく則政わらはべの如くにて、すがの·上原が當座に機にいるとて、北條家をそしるをまことゝ思ひ給ふ、則政公陣をいやがる底意は臆病なる故なり、始はいげん入道が諫を合點ありて、すとりてあしき夫馬のごとし、すがの·上原にいはれ、のちの變改は馬畜生にもお是も至て臆病の故なり、北條家をあしくいふとて武田信虎公平賀成賴にかち、村上賴平公長尾爲景にかつ、合戰のこと迄申出し氏繩をわろくいふは全体女が我とひとつ位の美人をあしういはんとては、又我よりみめのましなる女を引出し、あれがあれほどみめよく共、そんぢやうそれにはをとりたるといふて、そねむ心は則政の北條家惡口するをよろこび給ふ、是もいたりて臆病なる心なり、扨こそ未練なる大將は、女に似たるとは申すなり、
新字:其ごとく則政わらはべの如くにて、すがの·上原が当座に機にいるとて、北条家をそしるをまことゝ思ひ給ふ、則政公陣をいやがる底意は臆病なる故なり、始はいげん入道が諫を合点ありて、すとりてあしき夫馬のごとし、すがの·上原にいはれ、のちの変改は馬畜生にもお是も至て臆病の故なり、北条家をあしくいふとて武田信虎公平賀成頼にかち、村上頼平公長尾為景にかつ、合戦のこと迄申出し氏縄をわろくいふは全体女が我とひとつ位の美人をあしういはんとては、又我よりみめのましなる女を引出し、あれがあれほどみめよく共、そんぢやうそれにはをとりたるといふて、そねむ心は則政の北条家悪口するをよろこび給ふ、是もいたりて臆病なる心なり、扨こそ未練なる大将は、女に似たるとは申すなり、
書き下し
其ごとく則政わらはべの如くにて、すがの·上原が当座に機にいるとて、北条家をそしるをまことゝ思ひ給ふ、則政公陣をいやがる底意は臆病なる故なり、始はいげん入道が諫を合点ありて、すとりてあしき夫馬のごとし、すがの·上原にいはれ、のちの変改は馬畜生にもお是も至て臆病の故なり、北条家をあしくいふとて武田信虎公平賀成頼にかち、村上頼平公長尾為景にかつ、合戦のこと迄申出し氏縄をわろくいふは全体女が我とひとつ位の美人をあしういはんとては、又我よりみめのましなる女を引出し、あれがあれほどみめよく共、そんぢやうそれにはをとりたるといふて、そねむ心は則政の北条家悪口するをよろこび給ふ、是もいたりて臆病なる心なり、扨こそ未練なる大将は、女に似たるとは申すなり、
現代語訳
そのように則政は童のようで、すがの・上原が当座気に入ろうとして北条家をそしるのをまことと思いなさる。則政公が陣を嫌がる底意は臆病だからである。はじめはいげん入道の諫めを合点して、(底本ここ判読しがたい)悪い駄馬のようである。すがの・上原に言われて後の変改は、馬畜生にも劣る。これも至って臆病のゆえである。北条家を悪く言うために、武田信虎公が平賀成頼に勝ち、村上頼平公が長尾為景に勝った合戦のことまで申し出し、氏縄を悪く言うのは、全体、女が自分と同じくらいの美人を悪く言おうとして、また自分より見目のまさる女を引き出し、あれがあれほど見目よくても、その誰それには劣ると言って妬む心である。則政が北条家の悪口を喜ばれるのも、至って臆病な心である。さてこそ未練な大将は女に似ていると言うのである。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十三何様の者をも御扶持尤もの事一本間·井又七年御意にそむき罷り有り候者を、当年よりはや御懇に候へは、上杉家に人なきやうにて候間、十年とは存ずれども、せめて七八年も遠々しく被成尤の事、付扇谷と御無事にて御損多く候事と書き付て、すがの·上原両人にて直に則政公へ上る則政公披見有り、北条家をいやしむ儀、其外なにもかも機に入りて長尾いげん入道をはじめ四五人のこと、少しも則政〓着なし、
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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