甲陽軍鑑 / 品第十三
武士は猶以て其心あり、けがある者は、重ねて是非と存ずるによりいやしむるに及ばず、けがなき人はとてもいく世に少しもけが有る間敷とて嗜めば、是れもつていやしむることなかれ、左樣に存じて人はいやしまねばきはまりて我心にあてがふにより、たけき武士は人の腹立樣にし給はずして、いか樣成る小者·中間にも、それ〳〵に慇懃なり、
新字:武士は猶以て其心あり、けがある者は、重ねて是非と存ずるによりいやしむるに及ばず、けがなき人はとてもいく世に少しもけが有る間敷とて嗜めば、是れもつていやしむることなかれ、左様に存じて人はいやしまねばきはまりて我心にあてがふにより、たけき武士は人の腹立様にし給はずして、いか様成る小者·中間にも、それ〳〵に慇懃なり、
書き下し
武士は猶以て其心あり、けがある者は、重ねて是非と存ずるによりいやしむるに及ばず、けがなき人はとてもいく世に少しもけが有る間敷とて嗜めば、是れもつていやしむることなかれ、左様に存じて人はいやしまねばきはまりて我心にあてがふにより、たけき武士は人の腹立様にし給はずして、いか様成る小者·中間にも、それ〳〵に慇懃なり、
現代語訳
武士はなおさらその心がある。怪我のある者は、重ねて是非にと思うので、いやしむには及ばない。怪我のない人は、とても幾世にも少しの怪我もあるまいと嗜むので、これもいやしんではならない。そのように思って人をいやしまないので、きわまって我が心に当てるから、猛き武士は人の腹の立つようにはなさらず、どのような小者・中間にも、それぞれに慇懃である。
解説
失敗した者は次こそと思っているから見下すには及ばず、失敗のない者は失敗すまいと嗜んでいるから、これも見下してはならない。こう考えて人を見下さない武士は、自分の胸に当てて考えるので、人の腹が立つようなことをせず、小者や中間にまで丁寧である。強さは下の者への礼儀に表れる。立場の低い人への接し方こそ、その人の本当の器を示すものである。強い人ほど、下への礼を欠かさないのである。
この章句が説くこと
慇懃侮り武士失敗器量礼儀
関連する章句
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葉隠・聞書第一役所などにて分けて取り込み居り候ところに、無心(むしん)に何かと用事など申す人これあり。時、多分(たぶん)取り合い悪しく立腹(りっぷく)などする者あり。分けて宜(よろ)しからざる事なり。左様(さよう)の時ほど押しづめ、よき様に取り合い仕(つかまつ)るべき事、侍の作法なり。
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