家道訓 / 巻之二・総論中
一婦人と小人の言、奴婢の讒言間言を聞くべからず。父子兄弟夫婦のいたれるしたしみも、此等の人の間言を信ずれば必不和になる。婦人と小人との讒を信じて、とがもなき子をころし妻をころし、臣をころしたるためし、和漢古今すくなからず。おろかなることのいたりなり。凡讒言おそるべし。かりそめの事にも、片口をきゝて信ずれば、必ずあやまる。つゝしむべし。周子曰、家人の離るゝこと、必ず婦人におこる。
書き下し
一婦人と小人の言、奴婢の讒言間言を聞くべからず。父子兄弟夫婦のいたれるしたしみも、此等の人の間言を信ずれば必不和になる。婦人と小人との讒を信じて、とがもなき子をころし妻をころし、臣をころしたるためし、和漢古今すくなからず。おろかなることのいたりなり。凡讒言おそるべし。かりそめの事にも、片口をききて信ずれば、必ずあやまる。つつしむべし。周子曰、家人の離るること、必ず婦人におこる。
現代語訳
女性や小人の言葉、召使いの讒言や仲を裂く言葉を聞いてはいけません。父子・兄弟・夫婦のこのうえない親しみも、これらの人の仲を裂く言葉を信じれば、必ず不和になります。女性や小人の讒言を信じて、罪もない子を殺し、妻を殺し、臣を殺した例は、日本にも中国にも昔から少なくありません。愚かさの極みです。およそ讒言は恐るべきです。ちょっとしたことでも、一方の言い分だけを聞いて信じれば、必ず誤ります。慎むべきです。周子は「家の者が離れるのは、必ず女性から起こる」と言いました。
解説
親子や夫婦のような深い絆も、人の讒言や仲を裂く言葉を信じれば壊れてしまうと警告します。讒言を信じて罪のない子や妻や家臣を殺した例は和漢に多いと言い、結びに周敦頤の『通書』家人睽の章の言葉を引きます。女性を讒言の出どころとする見方は当時の女性観によるもので、そのまま受け取ることはできません。ただ、一方の言い分だけを聞いて判断すると必ず誤るという指摘は普遍的です。揉め事では双方の話を聞くという基本を思い出させてくれます。
この章句が説くこと
讒言家族不和判断周敦頤
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