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甲陽軍鑑 / 品第十三

其そしりけすと申は、先よく剛强にたけたる男一人、それにあまりおとらぬ男一人、右二人の跡に付、男人此外は人並の男なり、別して本ンの未練者は千人の中にもさのみなし、扨右申す大剛の人數度々の手抦のこと申ンに及ばず、三十其人に續き中の男も如形の手抦有を贔負の衆、多ければ上の男より益の樣に申シなす、そこにて能剛强なる人、中に健なる人の手抦をかたらせてきく、我こはくつよきより少ンおとりなれば、我むねにあて余りそれ程にもなきことを、こともなゝめに申は、其人の主が贔負の人の前にて何程もつよくこそかたるらめ、それ程の儀は大略の人々みな致さんに、聞き及たる程の人にて有まじと云ふを、そしるとは申なり、

新字:其そしりけすと申は、先よく剛強にたけたる男一人、それにあまりおとらぬ男一人、右二人の跡に付、男人此外は人並の男なり、別して本ンの未練者は千人の中にもさのみなし、扨右申す大剛の人数度々の手抦のこと申ンに及ばず、三十其人に続き中の男も如形の手抦有を贔負の衆、多ければ上の男より益の様に申シなす、そこにて能剛強なる人、中に健なる人の手抦をかたらせてきく、我こはくつよきより少ンおとりなれば、我むねにあて余りそれ程にもなきことを、こともなゝめに申は、其人の主が贔負の人の前にて何程もつよくこそかたるらめ、それ程の儀は大略の人々みな致さんに、聞き及たる程の人にて有まじと云ふを、そしるとは申なり、

書き下し

其そしりけすと申は、先よく剛强にたけたる男一人、それにあまりおとらぬ男一人、右二人の跡に付、男人此外は人並の男なり、別して本ンの未練者は千人の中にもさのみなし、扨右申す大剛の人数度々の手抦のこと申ンに及ばず、三十其人に続き中の男も如形の手抦有を贔負の衆、多ければ上の男より益の様に申シなす、そこにて能剛强なる人、中に健なる人の手抦をかたらせてきく、我こはくつよきより少ンおとりなれば、我むねにあて余りそれ程にもなきことを、こともなゝめに申は、其人の主が贔負の人の前にて何程もつよくこそかたるらめ、それ程の儀は大略の人々みな致さんに、聞き及たる程の人にて有まじと云ふを、そしるとは申なり、

現代語訳

そのそしり・けすというのは、まずよく剛強にたけた男が一人、それにさほど劣らない男が一人、右二人の後に付く男、このほかは人並みの男である。とりわけ本当の未練者は千人の中にもさほどいない。さて右に申す大剛の人は度々の手柄のことは申すに及ばず、その人に続く中ほどの男も形のごとく手柄があるのを、ひいきの衆が多ければ、上の男よりもまさるように言いなす。そこでよく剛強な人が、中ほどの健やかな人の手柄を語らせて聞き、自分の怖く強いのより少し劣るので、我が胸に当てて、それほどでもないことを事々しく言うのは、その人の主がひいきの人の前で、どれほどでも強く語っているのだろう、それほどのことは大略の人々が皆するだろうに、聞き及んだほどの人ではあるまい、と言うのを、そしるというのである。

解説

剛の者が、自分より少し劣る者の手柄を大げさに言いふらされるのを聞き、それほどのことは誰でもできると言う。これがそしりである。妬みと違い、自分の実力に照らして過大評価を正そうとする面がある。ただし相手の手柄を小さく言う点では同じく人を傷つける。実力ある人ほど、他人への評価が辛くなりがちである。自分の物差しが厳しすぎないか、振り返りたい。そしりは、評価の歪みへの反発から生まれることもある。

この章句が説くこと

人物評手柄贔屓評価剛者家中

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