甲陽軍鑑 / 品第十三
又人並の男が少し拔出たることをして、千人の中にもふたり三人にすぐれたる程自慢するを、上と中の男がきゝ、あのつれをこそ大きなる事と思ふらめと申て、笑をけすとは名付て申なり、此ノ謂ルなる故名大將のたけき譽、おほき君子の下にては人をそしるとけす侍は有といへ共、人をそねみいやしむ武士一人もなし、さる程にわかき衆まで作法よくして人をそねみいやしまず、たけきぶしは我むねにあてがひ、兵どしが寄り合ひて一言申して双方堪忍なければ、さてはたすなり、詮なき事に打ち果たし主の用にはたゝずして、しかも妻子を路頭に立て屍の上の恥辱と、跡さきを分別してむざと人をあしういはず、道理がつまりて申せば、我とわが身を觀じて敵の云ふは尤もなりと合點するにより、
新字:又人並の男が少し抜出たることをして、千人の中にもふたり三人にすぐれたる程自慢するを、上と中の男がきゝ、あのつれをこそ大きなる事と思ふらめと申て、笑をけすとは名付て申なり、此ノ謂ルなる故名大将のたけき誉、おほき君子の下にては人をそしるとけす侍は有といへ共、人をそねみいやしむ武士一人もなし、さる程にわかき衆まで作法よくして人をそねみいやしまず、たけきぶしは我むねにあてがひ、兵どしが寄り合ひて一言申して双方堪忍なければ、さてはたすなり、詮なき事に打ち果たし主の用にはたゝずして、しかも妻子を路頭に立て屍の上の恥辱と、跡さきを分別してむざと人をあしういはず、道理がつまりて申せば、我とわが身を観じて敵の云ふは尤もなりと合点するにより、
書き下し
又人並の男が少し抜出たることをして、千人の中にもふたり三人にすぐれたる程自慢するを、上と中の男がきゝ、あのつれをこそ大きなる事と思ふらめと申て、笑をけすとは名付て申なり、此ノ謂ルなる故名大将のたけき誉、おほき君子の下にては人をそしるとけす侍は有といへ共、人をそねみいやしむ武士一人もなし、さる程にわかき衆まで作法よくして人をそねみいやしまず、たけきぶしは我むねにあてがひ、兵どしが寄り合ひて一言申して双方堪忍なければ、さてはたすなり、詮なき事に打ち果たし主の用にはたゝずして、しかも妻子を路頭に立て屍の上の恥辱と、跡さきを分別してむざと人をあしういはず、道理がつまりて申せば、我とわが身を観じて敵の云ふは尤もなりと合点するにより、
現代語訳
また人並みの男が少し抜きん出たことをして、千人の中でも二人三人に勝るほど自慢するのを、上と中の男が聞き、あの連中はこれを大きなことだと思っているのだろうと言って笑うのを、けすと名付けて言うのである。このいわれであるから、名大将の猛き誉れ多い君子の下では、人をそしり、けす侍はいても、人を妬みいやしむ武士は一人もいない。そういうわけで若い衆まで作法よく人を妬みいやしまない。猛き武士は我が胸に当てて、兵同士が寄り合って一言言って双方堪忍がなければ、さては果たし合いになる。詮ないことで討ち果たし、主の用には立たず、しかも妻子を路頭に立たせ、屍の上の恥辱だと、後先を分別してむやみに人を悪く言わない。道理が詰まって言われれば、我とわが身を観じて、敵の言うのはもっともだと合点する。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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