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甲陽軍鑑 / 品第十三

又時々境目へ氏康が出申は、御當家を殊の外怖奉て身がまへに罷出るを、各大事と存ぜらる近國にても、前に申甲斐の武田信虎などは、信濃の平賀成賴と一日に八度の合戰仕り、終に信虎かち候、武田が內にて横田備中·多田三八兩人八度ながら鑓を入始たると承はる、又信州かつら尾の村上賴平も、越後長尾爲景と日中に十一度の合戰をして、終に村上が勝利を得候、此時村上内にて丸田市右輕井澤衛門·石黑彌五之丞·かない原彈止是三人十一度ながら仕りすぐるゝ、箇樣の合戰致す人は日本國中にも五かしらとは御座有るまじく候、小身なれども武田·村上などならば、自然何かと存することも有るべし、氏康のせがれに武略計策と有ること、甲·信兩國に於て侍とも批判もいかゝに候、

新字:又時々境目へ氏康が出申は、御当家を殊の外怖奉て身がまへに罷出るを、各大事と存ぜらる近国にても、前に申甲斐の武田信虎などは、信濃の平賀成頼と一日に八度の合戦仕り、終に信虎かち候、武田が内にて横田備中·多田三八両人八度ながら鑓を入始たると承はる、又信州かつら尾の村上頼平も、越後長尾為景と日中に十一度の合戦をして、終に村上が勝利を得候、此時村上内にて丸田市右軽井沢衛門·石黒弥五之丞·かない原弾止是三人十一度ながら仕りすぐるゝ、箇様の合戦致す人は日本国中にも五かしらとは御座有るまじく候、小身なれども武田·村上などならば、自然何かと存することも有るべし、氏康のせがれに武略計策と有ること、甲·信両国に於て侍とも批判もいかゝに候、

書き下し

又時々境目へ氏康が出申は、御当家を殊の外怖奉て身がまへに罷出るを、各大事と存ぜらる近国にても、前に申甲斐の武田信虎などは、信濃の平賀成頼と一日に八度の合戦仕り、終に信虎かち候、武田が内にて横田備中·多田三八両人八度ながら鑓を入始たると承はる、又信州かつら尾の村上頼平も、越後長尾為景と日中に十一度の合戦をして、終に村上が勝利を得候、此時村上内にて丸田市右軽井沢衛門·石黒弥五之丞·かない原弾止是三人十一度ながら仕りすぐるゝ、箇様の合戦致す人は日本国中にも五かしらとは御座有るまじく候、小身なれども武田·村上などならば、自然何かと存することも有るべし、氏康のせがれに武略計策と有ること、甲·信両国に於て侍とも批判もいかゝに候、

現代語訳

また時々境目へ氏康が出ますのは、御当家をことのほか恐れ奉って身構えに出てくるのを、各々は大事とお思いになる。近国でも、前に申した甲斐の武田信虎などは信濃の平賀成頼と一日に八度の合戦をして、ついに信虎が勝ちました。武田の内では横田備中・多田三八の両人が八度とも鑓を入れ始めたと承ります。また信州葛尾の村上頼平も、越後の長尾為景と日中に十一度の合戦をして、ついに村上が勝利を得ました。この時、村上の内では(底本ここ判読しがたい)ら三人が十一度とも抜きん出ました。このような合戦をいたす人は、日本国中にも五人とはございますまい。小身であっても武田・村上などならば、自然何かと思うこともありましょう。氏康の倅に武略計策ということは、甲・信両国の侍どもの批判もいかがでございましょう。

解説

側近は、氏康が境目に出るのは上杉を恐れて身構えているにすぎないと言い、武田信虎や村上頼平の激戦を引き合いに、ああいう相手なら警戒もしようが、氏康の倅ごときに武略とは他国の笑い物だと続ける。他の強者と比べて相手を小さく見せる手口である。比べる物差しを選べば、どんな相手でも小さく見せられる。比較の基準を誰が選んでいるのかに気をつけたい。物差しを選ぶ者が結論を選んでいるのである。

この章句が説くこと

侮り比較側近判断北条油断

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