孫子 / 始計篇
吾以此知勝負矣。
書き下し
吾れ此を以て勝負を知る。
現代語訳
私はこうして、戦う前に勝ち負けを知るのである。
解説
七計で彼我を比較したあとに置かれた結語である。孫子の思考は一貫して、勝ってから戦うところにある。始める前に条件を数え上げれば、結果はおおよそ見えてしまう。見えたうえで、勝てるなら進み、勝てないなら退く。ここには気合いも根性も出てこない。事業でも同じで、やってみなければ分からないという言葉は、数えられるものを数えていない言い訳であることが多い。判断の前にどこまで具体的に比較したかが、そのまま結果の精度になる。
この章句が説くこと
七計事前評価勝算判断比較
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『武士道』第六章 禮儀・米人は物品を重んじ日本人は精神を重んず『最佳の贈品なりとも、之を以て君に贈るに佳しとするは、君を侮る所以なり』と云ふに在り。此の二思想を対照すれば、其帰着する所一にして、彼此共に、はなはだ笑ふべきものあるを見ず。ただ米国人は贈遺する所の物品を重しとし、日本人は贈遺をなすの精神を重しとするの差あるのみ。日本人の有する礼の観念の、凡て其挙止態度の末節に現はるるが故に、其軽きを挙げて儀型とし、以て礼の本義を批判せんとするは曲論なり、妄断なり。問者あり、礼と食といづれか重きやと。孟子答へて、『食の重きと礼の軽きとを取りて之を比せば、あに翅に食の重きのみならんや』と曰ひ、金の羽よりも重しとは、あに一鉤金と一輿羽との謂ならんや。方寸の木を取つて岑楼の上に置く、誰か之を以て岑楼よりも高しと謂はんや、と曰ふ。
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『塩鉄論』論功篇大夫曰く、匈奴に城廓の守り、溝池の固め、修戟強弩の用、倉廩府庫の積み無し。上に義法無く、下に文理無し。君臣嫚易にして、上下に禮無し。柳を織りて室と為し、旃廗もて蓋と為す。素弧骨鏃にして、馬は粟食せず。內は則ち備え畏るるに足らず、外は則ち禮稱するに足らず。夫れ中國は天下の腹心、賢士の總ぶる所、禮義の集まる所、財用の殖する所なり。夫れ智を以て愚を謀り、義を以て不義を伐つは、秋霜に因りて落葉を振るうが若し。春秋に曰く、「桓公の戎・狄に與けるは、之を驅るのみ」と。況んや天下の力を以てするをや。
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・事物の有様を比較して上流に向かいしからばすなわち、人の見識を高尚にして、その品行を提起するの法いかがすべきや。その要訣は事物の有様を比較して上流に向かい、みずから満足することなきの一事にあり。ただし有様を比較するとはただ一事一物を比較するにあらず、この一体の有様と、かの一体の有様とを並べて、双方の得失を残らず察せざるべからず。譬えば今、少年の生徒、酒色に溺るるの沙汰もなくして謹慎勉強すれば、父兄・長老に咎めらるることなく、あるいは得意の色をなすべきに似たれども、その得色はただ他の無頼生に比較してなすべき得色のみ。謹慎勉強は人類の常なり、これを賞するに足らず、人生の約束は別にまた高きものなかるべからず。広く古今の人物を計え、誰に比較して誰の功業に等しきものをなさばこれに満足すべきや。必ず上流の人物に向かわざるべからず。あるいは我に一得あるも彼に二得あるときは、我はその一得に安んずるの理なし。いわんや後進は先進に優るべき約束なれば、古を空しゅうして比較すべき人物なきにおいてをや。今人の職分は大にして重しと言うべし。
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論語・公冶長篇子、子貢に謂いて曰く、「女と回と孰れか愈れる。」対えて曰く、「賜や何ぞ敢えて回を望まん。回や一を聞きて以て十を知る、賜や一を聞きて以て二を知る。」子曰く、「如かざるなり。吾と女と、如かざるなり。」
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『墨子』經說下見ると見ざるとは離る。一と二とは相い盈たさず。廣と循と堅白となり。舉げて重からざるは箴と與にせず、力の任に非ざるなり。握る者の倍を為すは、智の任に非ざるなり。耳目の若し。異。木と夜と孰れか長き。智と粟と孰れか多き。爵と親と行と賈と、四者孰れか貴き。麋と霍と孰れか髙き。麋と霍と孰れか霍なる。虭と瑟と孰れか瑟なる。偏。倶に一にして變ずる無し。假。假は必ず非なり、而る後に假なり。狗の霍を假るは、猶お霍を氏とするがごときなり。物。或いは之を傷るは、然るなり。之を見るは、智なり。之を吉するは、智らしむるなり。疑。蓬、務を為せば則ち士なり。牛廬を為る者、夏、寒きは、蓬なり。之を舉ぐれば則ち輕く、之を廢すれば則ち重きは、力有るに非ざるなり。沛、削に従うは、巧に非ざるなり。石と羽との若きは、楯なり。鬬う者の敝るるや、飲酒を以てす。曰中を以てするが若し。是れ智る可からざるなり、愚なり。智なるか、已を以て然りと為すか。愚なり。
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・盲人に向かいて誇るがごとししかるに今わずかに謹慎勉強の一事をもって人類生涯の事となすべきや。思わざるのはなはだしきものなり。人として酒色に溺るる者はこれを非常の怪物と言うべきのみ。この怪物に比較して満足する者は、これを譬えば双眼を具するをもって得意となし、盲人に向かいて誇るがごとし。いたずらに愚を表するに足るのみ。ゆえに酒色云々の談をなして、あるいはこれを論破し、あるいはこれを是非するの間は、到底諸論の賤しきものと言わざるを得ず。人の品行少しく進むときはこれらの醜談はすでにすでに経過し了して、言に発するも人に厭わるるに至るべきはずなり。