甲陽軍鑑 / 品第十三
又武略なうして不叶敵三所あり、先づ一番に大敵二番にみかたの大將より敵の大將覺ゑなうして大身なるに、武略然るべし、其子細はおほへの人が覺えなき人に對々にもすれば、前の覺ゑを無にして敵方へ名をとらする、まして負くれば勿躰なし、此理をもつて武略尤もなり、三番に强敵は殊更みかたへ行て聞き度事なれば、是れによつての武略なり、武略には見たる斗りも首尾とこのはず、きいたばかりもあやうし、其品々に心つけること肝要なり、扨てこそ上杉家の本間·井又をは近國迄響きわたり、信玄公十六歲にて聞き給ひ、兩人を繪にかきくも我內の者ともに拜せんと被仰ける由々、甘利備守度々雜談申され候、就中此次ぎからして能くよみわけ給へ、
新字:又武略なうして不叶敵三所あり、先づ一番に大敵二番にみかたの大将より敵の大将覚ゑなうして大身なるに、武略然るべし、其子細はおほへの人が覚えなき人に対々にもすれば、前の覚ゑを無にして敵方へ名をとらする、まして負くれば勿体なし、此理をもつて武略尤もなり、三番に強敵は殊更みかたへ行て聞き度事なれば、是れによつての武略なり、武略には見たる斗りも首尾とこのはず、きいたばかりもあやうし、其品々に心つけること肝要なり、扨てこそ上杉家の本間·井又をは近国迄響きわたり、信玄公十六歳にて聞き給ひ、両人を絵にかきくも我内の者ともに拝せんと被仰ける由々、甘利備守度々雑談申され候、就中此次ぎからして能くよみわけ給へ、
書き下し
又武略なうして不叶敵三所あり、先づ一番に大敵二番にみかたの大将より敵の大将覚ゑなうして大身なるに、武略然るべし、其子細はおほへの人が覚えなき人に対々にもすれば、前の覚ゑを無にして敵方へ名をとらする、まして負くれば勿体なし、此理をもつて武略尤もなり、三番に强敵は殊更みかたへ行て聞き度事なれば、是れによつての武略なり、武略には見たる斗りも首尾とこのはず、きいたばかりもあやうし、其品々に心つけること肝要なり、扨てこそ上杉家の本間·井又をは近国迄響きわたり、信玄公十六歳にて聞き給ひ、両人を絵にかきくも我内の者ともに拝せんと被仰ける由々、甘利備守度々雑談申され候、就中此次ぎからして能くよみわけ給へ、
現代語訳
また武略なしでは叶わない敵が三所ある。まず第一に大敵、第二に味方の大将より敵の大将が覚えなくして大身であるのには武略がふさわしい。その子細は、覚えある人が覚えのない人と互角に戦えば、前の覚えを無にして敵方に名を取らせる。まして負ければもったいない。この理によって武略がもっともである。第三に強敵は、ことさら味方へ行って聞きたいことがあるので、これによっての武略である。武略には見ただけでも首尾が整わず、聞いただけでも危うい。その品々に心を付けることが肝要である。さてこそ上杉家の本間・井又は近国まで響き渡り、信玄公は十六歳でお聞きになり、両人を絵に描いて我が内の者どもに拝ませたいと仰せられたと、甘利備前守が度々雑談された。とりわけこの次からは、よく読み分けなさい。
解説
この章句が説くこと
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