鬼谷子 / 捭闔篇
離合有守、先從其志。即欲捭之、貴周、即欲闔之、貴密。周密之貴㣲、而與道相追。捭之者、料其情也、闔之者、結其誠也。皆見其權𢖍輕重、乃爲之度數、聖人因而爲之慮。其不中權𢖍度數、聖人因而自爲之慮。
新字:離合有守、先従其志。即欲捭之、貴周、即欲闔之、貴密。周密之貴㣲、而与道相追。捭之者、料其情也、闔之者、結其誠也。皆見其権𢖍軽重、乃為之度数、聖人因而為之慮。其不中権𢖍度数、聖人因而自為之慮。
書き下し
離合に守る有り、先ず其の志に從う。即ち之を捭かんと欲せば、周きを貴び、即ち之を闔じんと欲せば、密なるを貴ぶ。周密の貴きは㣲なり、而して道と相い追う。捭く者は、其の情を料るなり、闔ずる者は、其の誠を結ぶなり。皆な其の權𢖍の輕重を見て、乃ち之が度數を爲す。聖人因りて之が慮を爲す。其の權𢖍度數に中らざれば、聖人因りて自ら之が慮を爲す。
現代語訳
離れるか合わさるかには守るべきものがあり、まず相手の志に従う。開こうとするなら、行きわたっていることを尊ぶ。閉じようとするなら、すきまがないことを尊ぶ。行きわたることとすきまのないことが尊いのは、それが微かだからであり、道と互いに追い合っている。開くのは相手の実情を測るためであり、閉じるのは相手の誠意を結びとめるためである。どちらも、はかりの重い軽いを見てから、そのめもりを定める。聖人はそれによって考えをめぐらす。もしはかりのめもりに合わないときは、聖人は自分の側で考えをめぐらす。
解説
開くなら行きわたるまで、閉じるならすきまなく。中途半端が一番いけない、という話です。半分だけ開けば相手は疑い、半分だけ閉じれば漏れます。そして目的が違います。開くのは相手を測るため、閉じるのは相手をつなぎとめるため。同じ動作でも狙いが逆です。最後の一行が実務的です。はかりのめもりに合わなければ、自分の側で考える。つまり相手の言動が測定できないときは、相手を測るのをやめて、自分がどうするかに切り替える。読めない相手を読み続けて時間を溶かす場面への処方になっています。
この章句が説くこと
捭くは周きを貴び闔ずるは密を貴ぶ権衡の軽重情報判断間合い準備
関連する章句
-
孫子・用間篇相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛しみて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ざるなり、主の佐に非ざるなり、勝の主に非ざるなり。
-
孫子・用間篇先知は、鬼神に取るべからず、事に象るべからず、度に験すべからず、必ず人に取り、敵の情を知る者なり。
-
孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
-
『鬼谷子』内揵篇往を言う者は、先ず辭に順うなり。來を說く者は、變を以て言うなり。善く變ずる者は審らかに地勢を知り、乃ち天に通じ、以て四時を化し、鬼神を使い、隂陽に合して、人民を牧す。其の謀事を見て、其の志意を知る。事に合わざる者有るは、未だ知らざる所有ればなり。合して結ばざる者は、陽に親しみて隂に疏んずればなり。事に合わざる者有らば、聖人は爲に謀らざるなり。
-
孫子・九地篇是の故に諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。
-
『韓非子』難一第三十六身死して蟲流れ戸を出でて葬られざるは、是れ臣重ければなり。臣重きの実は、主を擅にするなり。主を擅にするの臣有らば、則ち君令下に究まらず、臣情上に通ぜず。