甲陽軍鑑 / 品第十三
されども管領則政公には、兩出頭のすがの大膳·上原兵庫是を聞て申しけるは、北條宗雲元來伊豆のいかにもちいさき所より出でたる族の、氏康がなにの深きことあるべき、伊豆·相摸兩國持ても北條二人·三人合たる程の大身衆、越後·關東·奧兩國へかけては則政公御旗下に五六人も在之、上杉家に傳る衆にも北條程の者は有まじげに、はびこるに付ては則政公旗を出され、たゞ一陣に北條家を誅罰し給はんと、すがの·上原兩人の口にて、
新字:されども管領則政公には、両出頭のすがの大膳·上原兵庫是を聞て申しけるは、北条宗雲元来伊豆のいかにもちいさき所より出でたる族の、氏康がなにの深きことあるべき、伊豆·相摸両国持ても北条二人·三人合たる程の大身衆、越後·関東·奥両国へかけては則政公御旗下に五六人も在之、上杉家に伝る衆にも北条程の者は有まじげに、はびこるに付ては則政公旗を出され、たゞ一陣に北条家を誅罰し給はんと、すがの·上原両人の口にて、
書き下し
されども管領則政公には、両出頭のすがの大膳·上原兵庫是を聞て申しけるは、北条宗雲元来伊豆のいかにもちいさき所より出でたる族の、氏康がなにの深きことあるべき、伊豆·相摸両国持ても北条二人·三人合たる程の大身衆、越後·関東·奥両国へかけては則政公御旗下に五六人も在之、上杉家に伝る衆にも北条程の者は有まじげに、はびこるに付ては則政公旗を出され、たゞ一陣に北条家を誅罰し給はんと、すがの·上原両人の口にて、
現代語訳
けれども管領則政公の両出頭人、すがの大膳・上原兵庫がこれを聞いて申したことには、北条宗雲はもともと伊豆のいかにも小さな所から出た族であって、氏康に何の深いことがあろうか。伊豆・相模の両国を持っても、北条を二人・三人合わせたほどの大身衆が、越後・関東・奥両国にかけて則政公の御旗下に五六人もいる。上杉家に伝わる衆にも北条ほどの者はいまいに、はびこるのであれば則政公が旗を出され、ただ一陣で北条家を誅罰なさるだろうと、すがの・上原の両人の口で言う。
解説
この章句が説くこと
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