甲陽軍鑑 / 品第十三
此時節伊豆の宗雲出て小田原をのつ取る事、明應四年乙卯の歲と承り及び候、前代の義なりしかも他國の事人の雜談にて書き記し候へば定めて相違なる事斗り多きは必定なれども、たと此の理究を取りて今勝賴公御代のたくらべになさるべし、長坂長閑老·跡部大炊介殿されば世間に能き大將と名を取給ふ、それ〳〵に生れつきの樣子替ること大方四あり、君子は千里同風とて御心中はいづれもひとつ所へまいらせ給ひ候を、縱へば人間の小袖色々を着して各々寄り合ふ時みては面々樣々なれども、其寒きを防ぐことは同意なり、
新字:此時節伊豆の宗雲出て小田原をのつ取る事、明応四年乙卯の歳と承り及び候、前代の義なりしかも他国の事人の雑談にて書き記し候へば定めて相違なる事斗り多きは必定なれども、たと此の理究を取りて今勝頼公御代のたくらべになさるべし、長坂長閑老·跡部大炊介殿されば世間に能き大将と名を取給ふ、それ〳〵に生れつきの様子替ること大方四あり、君子は千里同風とて御心中はいづれもひとつ所へまいらせ給ひ候を、縦へば人間の小袖色々を着して各々寄り合ふ時みては面々様々なれども、其寒きを防ぐことは同意なり、
書き下し
此時節伊豆の宗雲出て小田原をのつ取る事、明応四年乙卯の歳と承り及び候、前代の義なりしかも他国の事人の雑談にて書き記し候へば定めて相違なる事斗り多きは必定なれども、たと此の理究を取りて今勝頼公御代のたくらべになさるべし、長坂長閑老·跡部大炊介殿されば世間に能き大将と名を取給ふ、それ〳〵に生れつきの様子替ること大方四あり、君子は千里同風とて御心中はいづれもひとつ所へまいらせ給ひ候を、縦へば人間の小袖色々を着して各々寄り合ふ時みては面々様々なれども、其寒きを防ぐことは同意なり、
現代語訳
この時節、伊豆の宗雲が出て小田原を乗っ取ったのは、明応四年乙卯の歳と承り及んでいる。前代のことで、しかも他国の事を人の雑談で書き記したので、きっと相違することばかり多いのは必定であるが、ただこの理を取って、今の勝頼公の御代の比べにしなさるがよい。長坂長閑老・跡部大炊介殿。さて、世間でよい大将と名を取られる方々も、それぞれに生まれつきの様子の替わることがおよそ四つある。君子は千里同風といって、御心中はいずれも一つ所へ行かれるが、たとえば人が色々の小袖を着て寄り合う時に見れば面々さまざまであっても、その寒さを防ぐことは同じである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・顔淵篇司馬牛、君子を問う。子曰く、「君子は憂えず懼れず。」曰く、「憂えず懼れざれば、斯れ之を君子と謂うか。」子曰く、「内に省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え何をか懼れん。」
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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論語・為政篇子曰く、「君子は器ならず。」
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち之を君子と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る君子なる者は、言は忠信にして心に徳とせず、仁義身に在りて色に伐(ほこ)らず、思慮明通にして辞は争わず。故に猶然として将に及ぶべきが如き者は、君子なり、と。
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