甲陽軍鑑 / 品第十三
勿論關東·奧州·北國にても度々の覺へを取りたる大剛者とも數多ありといへ共、世末になるしるしやらん、若武者のことにもあはぬ、しかも十人の中に八人·九人は、無心懸けの弱者どもにこねかへされ、年來事を仕付けたる衆も自から身搆へをして、何の手抦もならさる子細は味方討ちを仕つる故なり、
新字:勿論関東·奥州·北国にても度々の覚へを取りたる大剛者とも数多ありといへ共、世末になるしるしやらん、若武者のことにもあはぬ、しかも十人の中に八人·九人は、無心懸けの弱者どもにこねかへされ、年来事を仕付けたる衆も自から身搆へをして、何の手抦もならさる子細は味方討ちを仕つる故なり、
書き下し
勿論関東·奥州·北国にても度々の覚へを取りたる大剛者とも数多ありといへ共、世末になるしるしやらん、若武者のことにもあはぬ、しかも十人の中に八人·九人は、無心懸けの弱者どもにこねかへされ、年来事を仕付けたる衆も自から身搆へをして、何の手抦もならさる子細は味方討ちを仕つる故なり、
現代語訳
もちろん関東・奥州・北国でもたびたびの覚えを取った大剛の者どもは数多くいたけれども、世が末になる印だろうか、若武者のようにもいかず、しかも十人のうち八人・九人は、心がけのない弱者どもにこね返され、年来のことを仕付けてきた衆も自ずから身構えをして、何の手柄にもならない。その理由は、味方討ちをするゆえである。
解説
剛の者が数多くいながら、心がけのない多数に押し流されたと言う。八人九人という比率が示すのは、少数の強さは多数の弱さに勝てないということである。そして手柄にならない理由を、味方討ちをするからだと一言で置く。負けた相手が敵ではなかった、という結論になっている。少数の強さは、多数の弱さに勝てないということである。負けた相手が敵ではなかった、という結論が、この一段でいちばん重い。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
味方討ち多数大剛崩壊末手柄
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第十三親·兄·叔父などにしからるゝと事よせ、日来は無奉公なれ共俄に御前につめ、或は毎日出仕す、無嗜の者なれど、芸能に取かゝり経廻す、さて本人よはしといへ共相手、本シの兵にて申かとりてより必打をかねば了簡なく、がさつ者出て、勝負の時連々の様子には大きに違ひ、悉くにげて後〓などきられて、ころびまはる諸傍輩、をりあひて取さ座ゆれば諸傍輩の扱にて当意は落延れ共、相手兵にて思定てきるに付いきる様にはきらざる故へ、終には死るといへ共、最期あしうして中々批判に及はぬなり、
-
『甲陽軍鑑』品第十三勝負付き親妻子に物を思はせていらぬことゝ堪忍するを彼の弱者共は、我に怖れて物いはぬと覚悟いたすを以て、猶々すりかけてかさむそこにては、兵も一言いへど弱者づれおほければ、面々口々に徒党を立、口論には弱も强も同事なれば、件の弱者共我中にてよりあふ衆にあふて、人の名を呼ぶ者に、はをぬきて思っさま〳〵かちたると語ル、それよりは後能人こらへまじきと分別きはめて果すなれば、徒党結びたる弱者とも鍮鈷色になり、そこにて思案しいだし、
-
『甲陽軍鑑』品第四十三此様子色々なり一第一に大将よくして家老功もなく、武道無案内に然かも無心がけにてこれある家中には、忠節·忠功の侍を家老衆そねむ故、臆病にて軽薄なる者おほく繁昌してよき武士の繁昌十人の中一二人ありて其備へ違ふ物なり、然れ共大将よければ少身なる侍を取たて大身に被成、名をとらする儀は悉皆唐国はよき大将衆の大公望諸葛孔明などゝ云ふ者を在郷より引出すと同前也、第二に家老よくして大将のぶあんないなるは、月見·花見·遊山·芸能にふけり、結句鈍にかへるなれば、作法もしらず置者あしき人を取たて、崇敬有てよき家老を殺し追失なふ物なり、其ごとくなる大将は、人罰にて終に牢々して他国の大将を頼み、おられぬ膝をおり少身成る侍の様に機づかひ有は忠節·忠功の者をあしく被成たる罰なり、
-
『甲陽軍鑑』品第十三さてあひては何とぞ仕合能くして立のく事あれは、又跡にて弱者の親類近付より合候て、是非とも敵討んといへど口斗りにて皆偽なり、是偏へに臆病なる大将の下にて奉公人の行儀上をまねて如此、能き人も此大将の家中にて後には弱者程こそなくとも少しは悪しくなる、爰を以て三略に行も善悪同則功臣倦云云、然ば近代において右さたする大将に少しも違はずして、家中の大身小身ともに諸侍形義あしうなり終に其家滅却する、
-
『甲陽軍鑑』品第十三此の大将の下にて諸奉公人の様子悉く無心懸けにて、底意は鈍くて、いかにも口たけ無穿鑿にて、贔負々々に物をいひ一段がさつにてきれたる意地少しもなく、何事もひとかは斗りに分別し、己れが弱きむねを人にたくらべ、相手はこらへんと斗り存ずるに付き、世間に人の能く沙汰する者に適々寄合て、此人に一言なり共いひかち我友達への利口にせんと思ひ、見る度にあて言を申といへども、能き者は底意定りたるにより、少々のことは取りあはず、詮なきにことを申出し、
-
『甲陽軍鑑』品第十二残て五人斗り男を立てる人あれ共、其者をば各々悪しういひ頭も上げさせずしてをしかすむ、かすめらるまじきとて一と言いへば、前に口たけ驕りたるに違い挨拶はめてくちにて、かげへまはり狂気人に申し立て候へば、能き人物もいひ得ず、そこにては能き五人の内も三人は、分別を仕かへ、命を抛ち武辺をかせぐも所領を取り立身せんと云ふことなれば、時に至りて仕合せよき人の機にあはんなり、いかに元来町人にてち家の老案出頭衆彼の者共を能ゝ思ひ給へは、我心さへ違はすは付き合ひ取りなしをいはれ、徳にせんとて件の町人方へ能き人も出入する、