甲陽軍鑑 / 品第十二
信玄公宣ふば、勝ちたる軍にけがし給ふまじきと有る義にて、筑摩川をこし引きこみて備へを立てよと信玄公下知し給ふ、そこにて義信公へ先へ川をこせとあり、義信公は信玄公へ先越し給へと父子辭退まします、敵近付くとて信玄公川をはやく越し給ふ、それは信玄公武勇のかけ引き達者の故なり、子細は御父子ながら初合戰に二ケ所宛手負ひ給へば、旗本の各過半手負死人也、信玄公先衆は敵より後にてあり、荒手三百來らば大將の討死疑有るまじ、まして况んや千に余りたる荒手に機遣ひなきは國持ち給ふ大將衆、小身にても弓矢を存する人は信玄公ス惡しきとは申すまじ、
新字:信玄公宣ふば、勝ちたる軍にけがし給ふまじきと有る義にて、筑摩川をこし引きこみて備へを立てよと信玄公下知し給ふ、そこにて義信公へ先へ川をこせとあり、義信公は信玄公へ先越し給へと父子辞退まします、敵近付くとて信玄公川をはやく越し給ふ、それは信玄公武勇のかけ引き達者の故なり、子細は御父子ながら初合戦に二ケ所宛手負ひ給へば、旗本の各過半手負死人也、信玄公先衆は敵より後にてあり、荒手三百来らば大将の討死疑有るまじ、まして況んや千に余りたる荒手に機遣ひなきは国持ち給ふ大将衆、小身にても弓矢を存する人は信玄公ス悪しきとは申すまじ、
書き下し
信玄公宣ふば、勝ちたる軍にけがし給ふまじきと有る義にて、筑摩川をこし引きこみて備へを立てよと信玄公下知し給ふ、そこにて義信公へ先へ川をこせとあり、義信公は信玄公へ先越し給へと父子辞退まします、敵近付くとて信玄公川をはやく越し給ふ、それは信玄公武勇のかけ引き達者の故なり、子細は御父子ながら初合戦に二ケ所宛手負ひ給へば、旗本の各過半手負死人也、信玄公先衆は敵より後にてあり、荒手三百来らば大将の討死疑有るまじ、まして況んや千に余りたる荒手に機遣ひなきは国持ち給ふ大将衆、小身にても弓矢を存する人は信玄公ス悪しきとは申すまじ、
現代語訳
信玄公がおっしゃるには、「勝った軍に傷をつけてはならない」ということで、「筑摩川を越して引き込んで備えを立てよ」と信玄公は下知された。そこで義信公へ先に川を越せと言われると、義信公は信玄公へ先にお越しくださいと、父子で辞退し合われた。敵が近づくので信玄公は川を早く越された。それは信玄公が武勇の駆け引きに達者であるからである。子細は、御父子ともに最初の合戦で二か所ずつ手負われており、旗本の各々も過半が手負い・死人である。信玄公の先衆は敵より後ろにいる。荒手が三百来ても大将の討死は疑いないであろう。まして千に余る荒手に気を遣わないのは、国を持たれる大将衆や、小身でも弓矢を知る人ならば、信玄公を悪いとは申さないであろう。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十四され共文武二道の嗜おはしまし、物ごとを花奢に强くとあるにより合戦に勝給ひても敵の大将を誹らず、勝利を得ては猶以て大事に思ひ、分国境目三河にては設楽郡、美濃にては土岐遠山、遠州にてふたまた、相摸にてしんぢやう、上野にて鷹巣、越中にて神保椎名五飛弾·信州には越後の境目各へ用心きびしく仕れと有る、書状を指し越し事を全く仕置し給ふ、
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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