甲陽軍鑑 / 品第十二
さるに付、右のことくの人共二番目か三番目の子共を奉公に出せば、彼の奉公人有德なる者なる故、知行五十貫·百貫取ても本の奉公人、千貫·二千貫取る人程きらを能くいたす、就中諸傍輩中に度々近付て德になる人をえらび、明暮振舞など仕る、又左樣の家中は諸侍百人の者九十五人は謂慾深けれは、ふるまひに付、元來をも糺さす、町人·地下人の子共をも各執してほめたつる故、其家のおとな出頭衆と右申す、有德人の子共緣者に成る町人·百姓は、少ノ事にさへおごりやすければ、此仕合の上は猶以て大きにおごる、
新字:さるに付、右のことくの人共二番目か三番目の子共を奉公に出せば、彼の奉公人有徳なる者なる故、知行五十貫·百貫取ても本の奉公人、千貫·二千貫取る人程きらを能くいたす、就中諸傍輩中に度々近付て徳になる人をえらび、明暮振舞など仕る、又左様の家中は諸侍百人の者九十五人は謂慾深けれは、ふるまひに付、元来をも糺さす、町人·地下人の子共をも各執してほめたつる故、其家のおとな出頭衆と右申す、有徳人の子共縁者に成る町人·百姓は、少ノ事にさへおごりやすければ、此仕合の上は猶以て大きにおごる、
書き下し
さるに付、右のことくの人共二番目か三番目の子共を奉公に出せば、彼の奉公人有徳なる者なる故、知行五十貫·百貫取ても本の奉公人、千貫·二千貫取る人程きらを能くいたす、就中諸傍輩中に度々近付て徳になる人をえらび、明暮振舞など仕る、又左様の家中は諸侍百人の者九十五人は謂慾深けれは、ふるまひに付、元来をも糺さす、町人·地下人の子共をも各執してほめたつる故、其家のおとな出頭衆と右申す、有徳人の子共縁者に成る町人·百姓は、少ノ事にさへおごりやすければ、此仕合の上は猶以て大きにおごる、
現代語訳
それにつけて、右のような人どもが二番目か三番目の子どもを奉公に出すと、その奉公人は裕福な者であるので、知行五十貫・百貫を取っていても、もとからの奉公人で千貫・二千貫を取る人ほど煌びやかに装う。とりわけ諸傍輩の中から、たびたび近づいて得になる人を選び、明け暮れ振舞などをする。またそのような家中では、諸侍百人のうち九十五人は欲が深いので、振舞につられて素性をも糺さず、町人・地下人の子どもをも各々もてはやして褒め立てるので、その家の年寄・出頭衆と、右に言う裕福な人の子どもが縁者となる。町人・百姓は少しの事にさえ驕りやすいので、この仕合わせの上ではなおさら大いに驕る。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
-
論語・子張篇子游曰く、吾が友張や、能くし難きことを為すなり。然れども未だ仁ならず。
-
論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
-
史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。
-
論語・憲問篇子曰く、人の己を知らざるを患えず、其の能わざるを患う。
-
論語・子張篇陳子禽、子貢に謂いて曰く、「子は恭を為すなり。仲尼豈に子より賢らんや。」子貢曰く、「君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎まざる可からざるなり。夫子の及ぶ可からざるや、猶お天の階して升る可からざるがごときなり。夫子の邦家を得たらば、所謂『之を立つれば斯に立ち、之を道けば斯に行き、之を綏んずれば斯に来たり、之を動かせば斯に和す。其の生くるや栄え、其の死するや哀しむ』。之を如何ぞ其れ及ぶ可けんや。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る