甲陽軍鑑 / 品第十二
此善惡をしらず利根過たる大將は、はなもとに分別有て何ごとも一トかは分別になさるゝを、縱は刀の鋒はかりに刃あり、もとは皆ぢがねにて、縱へきるといへども、鍔ぎはまがり押なをせば彼方此方へ成ことく、きのふの事けふかはる其談合、明日は變じ明暮あたらしう物を仕出さんとかゝり、賢人の語をきゝても貪りたる意地へあてがひて、畫はかやかれ、夜は繩なへと百姓に申付け、町人·寺方迄も障子折りて出せ竹釘けづりて上げよなどゝ云ひ給へば、
新字:此善悪をしらず利根過たる大将は、はなもとに分別有て何ごとも一トかは分別になさるゝを、縦は刀の鋒はかりに刃あり、もとは皆ぢがねにて、縦へきるといへども、鍔ぎはまがり押なをせば彼方此方へ成ことく、きのふの事けふかはる其談合、明日は変じ明暮あたらしう物を仕出さんとかゝり、賢人の語をきゝても貪りたる意地へあてがひて、画はかやかれ、夜は縄なへと百姓に申付け、町人·寺方迄も障子折りて出せ竹釘けづりて上げよなどゝ云ひ給へば、
書き下し
此善悪をしらず利根過たる大将は、はなもとに分別有て何ごとも一トかは分別になさるゝを、縦は刀の鋒はかりに刃あり、もとは皆ぢがねにて、縦へきるといへども、鍔ぎはまがり押なをせば彼方此方へ成ことく、きのふの事けふかはる其談合、明日は変じ明暮あたらしう物を仕出さんとかゝり、賢人の語をきゝても貪りたる意地へあてがひて、画はかやかれ、夜は縄なへと百姓に申付け、町人·寺方迄も障子折りて出せ竹釘けづりて上げよなどゝ云ひ給へば、
現代語訳
この善悪を知らず、利根の過ぎた大将は、鼻先だけに分別があって、何事も一皮だけの分別になさるのを、例えれば刀の切っ先ばかりに刃があって、元は皆地金である。たとえ切れるといっても、鍔際は曲がって、押し直せばあちらこちらへ曲がるように、昨日の事が今日変わるその談合は、明日はまた変じ、明け暮れ新しく物を仕出そうとかかり、賢人の言葉を聞いても貪った意地に当てはめて、昼は茅を刈れ、夜は縄をなえと百姓に申し付け、町人・寺方にまで、障子を折って出せ、竹釘を削って差し上げよなどと言われる。
解説
この章句が説くこと
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