韓非子 / 安危第二十五
奔車之上無仲尼,覆舟之下無伯夷。故號令者,國之舟車也。安則智廉生,危則爭鄙起。
新字:奔車之上無仲尼,覆舟之下無伯夷。故号令者,国之舟車也。安則智廉生,危則争鄙起。
書き下し
號令は、國の舟車なり。安ければ則ち智廉生じ、危うければ則ち爭鄙起る。
現代語訳
号令(法令や命令)は、国じゅうの人が乗り込む舟や車のようなものである。それが安定していれば人々に知恵と清廉さが生まれ、危うければ争いと卑しさが起こる。
解説
国のきまりや号令は、国じゅうの人が乗り込む一艘の舟、一台の車のようなものだと韓非は言います。舟がまっすぐ安定して進めば、乗っている人は落ち着いて自分の仕事や誠実さに心を向けられますが、舟が揺れて危うければ、人はわが身を守ることばかり考え、足の引っ張り合いや浅ましい争いが起こります。会社の方針が朝令暮改だったり、家庭の決まり事がその日の気分で変わったりすると、周りの人は不安になり、素直に力を発揮できなくなります。まとめ役の役目は、みんなが安心して乗っていられるよう、決まりを一貫させ、揺れの少ない舟を用意することなのです。
この章句が説くこと
心理的安全性組織の安定朝令暮改組織風土信頼
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