韓非子 / 有度第六
人主釋法用私,則上下不别矣。
新字:人主釈法用私,則上下不別矣。
書き下し
人主、法を釋てて私を用うれば、則ち上下別たず。
現代語訳
君主が法を捨てて私的な情を用いれば、上下の秩序が区別できなくなる。
解説
人の上に立つ者が定められた決まりを捨てて、その場の気分や個人的な好みで物事を決めるようになると、上の立場と下の立場の区別さえあいまいになってしまう、という警告です。決まりに従って判断していれば、誰の目にも「なぜそう決まったか」がはっきり分かりますが、気分次第で判断が変わるようになると、下の者は何を基準に動けばよいのか分からなくなり、結局は声の大きい者や気に入られた者が実権を握るようになってしまいます。これは会社の上司だけでなく、家庭で親がその日の機嫌次第で叱ったり許したりする場合にも当てはまります。子どもは何が良くて何が悪いのか分からなくなり、親の顔色ばかりうかがうようになるでしょう。決まりに基づいてぶれずに判断する姿勢こそが、上に立つ者の言葉に重みを持たせ、秩序を保つ土台になるのです。
この章句が説くこと
朝令暮改公私混同組織秩序ルールの形骸化一貫性
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