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甲陽軍鑑 / 品第十二

子細は未の年八月より上野平井へ來りて、關東八州へ觸狀をまはし申し含めらるゝは、旣に關東の公方持氏公天運盡き、永享十二庚申に都の公方より誅罰し給ひ、御子の賢王丸殿·春王丸殿·泰王丸殿此の三人の若君迄ころしまいらせ候を、氏康取り立てらるゝこと非義の至りなり、都より近衛殿を申し請け公方に取り立てまいらせ、上杉管領を仕すへ申さんため、御守りに長尾謙信景虎是れ迄參りたり、氏康は北條なり、北條は平家なり、各これにしたがひ給ふこと勿体なしと申すに付き、關八州尤もと同じける故、氏康また元の伊豆·相摸はかりに成るに付き、蓮池迄をしこまるゝ、

新字:子細は未の年八月より上野平井へ来りて、関東八州へ触状をまはし申し含めらるゝは、既に関東の公方持氏公天運尽き、永享十二庚申に都の公方より誅罰し給ひ、御子の賢王丸殿·春王丸殿·泰王丸殿此の三人の若君迄ころしまいらせ候を、氏康取り立てらるゝこと非義の至りなり、都より近衛殿を申し請け公方に取り立てまいらせ、上杉管領を仕すへ申さんため、御守りに長尾謙信景虎是れ迄参りたり、氏康は北条なり、北条は平家なり、各これにしたがひ給ふこと勿体なしと申すに付き、関八州尤もと同じける故、氏康また元の伊豆·相摸はかりに成るに付き、蓮池迄をしこまるゝ、

書き下し

子細は未の年八月より上野平井へ来りて、関東八州へ触状をまはし申し含めらるゝは、旣に関東の公方持氏公天運尽き、永享十二庚申に都の公方より誅罰し給ひ、御子の賢王丸殿·春王丸殿·泰王丸殿此の三人の若君迄ころしまいらせ候を、氏康取り立てらるゝこと非義の至りなり、都より近衛殿を申し請け公方に取り立てまいらせ、上杉管領を仕すへ申さんため、御守りに長尾謙信景虎是れ迄参りたり、氏康は北条なり、北条は平家なり、各これにしたがひ給ふこと勿体なしと申すに付き、関八州尤もと同じける故、氏康また元の伊豆·相摸はかりに成るに付き、蓮池迄をしこまるゝ、

現代語訳

子細は、未の年の八月から上野の平井へ来て、関東八州へ触状を回して言い含められたのは、「すでに関東の公方持氏公は天運が尽き、永享十二年庚申に都の公方から誅罰され、御子の賢王丸殿・春王丸殿・泰王丸殿の三人の若君まで殺し申したのに、氏康が取り立てられることは非義の至りである。都から近衛殿を申し請けて公方に取り立て申し、上杉管領を据え申すため、御守りとして長尾謙信景虎がここまで参った。氏康は北条である。北条は平家である。各々がこれに従われるのはもったいない」と申したので、関八州はもっともと同意したゆえ、氏康はまた元の伊豆・相模ばかりになったので、蓮池まで押し込まれた。

解説

景虎(謙信)は兵を動かす前に、触状で関東の侍に大義を説いた。公方の正統、管領の再興、そして北条は平家だという出自の論である。関八州はこれに同意し、九年かけて積み上げた氏康の勢力は一気に伊豆・相模の元の大きさに戻った。人は損得だけでなく名分で動く。どれほど実績を積んでも、正統性の物語で上書きされることがあると教えている。自分の正統性を語る言葉を、平時から用意しておくべきである。

この章句が説くこと

謙信大義名分正統性人心触状

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