甲陽軍鑑 / 品第十一
其身の所へ出入する者は、是れを鬼や神の樣に申すを能く糺して聞けば、已が內の小者などを被官に云ひ付け、ころさせ又は 適合戰せり合ひにあふて被官の取りたる頸などを、高名帳にのせ、一本鑓をつきたるほどに云ひまはれども、いつぞの種に其被官を追出せば、下劣の者の淺間敷は、其主につかはるゝ內はかくせども、出て後幾年過ても主の悪き義恐く化を顯はすも早キオンのなり、
新字:其身の所へ出入する者は、是れを鬼や神の様に申すを能く糺して聞けば、已が内の小者などを被官に云ひ付け、ころさせ又は 適合戦せり合ひにあふて被官の取りたる頸などを、高名帳にのせ、一本鑓をつきたるほどに云ひまはれども、いつぞの種に其被官を追出せば、下劣の者の浅間敷は、其主につかはるゝ内はかくせども、出て後幾年過ても主の悪き義恐く化を顕はすも早キオンのなり、
書き下し
其身の所へ出入する者は、是れを鬼や神の様に申すを能く糺して聞けば、已が内の小者などを被官に云ひ付け、ころさせ又は 適合戦せり合ひにあふて被官の取りたる頸などを、高名帳にのせ、一本鑓をつきたるほどに云ひまはれども、いつぞの種に其被官を追出せば、下劣の者の浅間敷は、其主につかはるゝ内はかくせども、出て後幾年過ても主の悪き義恐く化を顕はすも早キオンのなり、
現代語訳
その身の所へ出入りする者は、この者を鬼や神のように申すが、よく糺して聞けば、自分の内の小者などを被官に言いつけて人を殺させ、またはたまたま合戦・競り合いに出会って、被官の取った頸などを高名帳に載せ、一本鑓を突いたほどに言い回っているのである。いつかの折にその被官を追い出せば、下劣の者の浅ましさで、その主に使われているうちは隠しているが、出て後は幾年過ぎても主の悪事を(底本ここ判読しがたい)顕すものである。
解説
この章句が説くこと
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