講孟余話 / 附尾 讀保建大記一條
上皇ノ爲メニ是ヲ云フニ、若シ位ヲ眷恋スルノ念已ムナクンハ、永治傳璽ノ時ニ方テ、今少シ熱議アルヘキコトナリ、議遂ニ諧ハスンハ、屣ヲ脫スル如クコソアルヘシ、若斯ノ如キコト能ハスンハ、死ヲ以テ神器ヲ守リ給ハヽ、天下誰カ敢テ是ヲ奪ンヤ、果シテ然ラハ鳥羽上皇アリト雖トモ、其正固ヨリ崇德ニアルナリ、崇德已ニ是ヲ行フコト能ハス、一旦位ヲ去リ璽ヲ傳ヘ、尙眷恋ノ念アルハ、勿体ナキ御了簡違ト云ヘシ、
新字:上皇ノ為メニ是ヲ云フニ、若シ位ヲ眷恋スルノ念已ムナクンハ、永治伝璽ノ時ニ方テ、今少シ熱議アルヘキコトナリ、議遂ニ諧ハスンハ、屣ヲ脱スル如クコソアルヘシ、若斯ノ如キコト能ハスンハ、死ヲ以テ神器ヲ守リ給ハヽ、天下誰カ敢テ是ヲ奪ンヤ、果シテ然ラハ鳥羽上皇アリト雖トモ、其正固ヨリ崇徳ニアルナリ、崇徳已ニ是ヲ行フコト能ハス、一旦位ヲ去リ璽ヲ伝ヘ、尚眷恋ノ念アルハ、勿体ナキ御了簡違ト云ヘシ、
書き下し
上皇の為めに是れを云ふに、若し位を眷恋するの念已むなくんば、永治伝璽の時に方りて、今少し熱議あるべきことなり。議遂に諧はずんば、屣を脱する如くこそあるべし。若し斯くの如きこと能はずんば、死を以て神器を守り給はば、天下誰か敢へて是れを奪はんや。果して然らば鳥羽上皇ありと雖も、其の正固より崇徳にあるなり。崇徳已に是れを行ふこと能はず、一旦位を去り璽を伝へ、尚眷恋の念あるは、勿体なき御了簡違ひと云ふべし。
現代語訳
上皇の立場に立って言えば、もし位への未練がどうしてもやまないのなら、永治元年に神璽を(近衛天皇に)伝えたときに、もう少し熱心に議論すべきであった。議論がどうしても合わないなら、履物を脱ぎ捨てるようにきっぱり位を捨てるべきであった。もしそれができないのなら、命をかけて神器を守られたならば、天下の誰があえてそれを奪えただろうか。そうしていれば、たとえ鳥羽上皇がおられても、正統はもとより崇徳にあったのである。崇徳はそれを行うことができず、いったん位を去り神璽を伝えておきながら、なお未練を持たれたのは、もったいないお考え違いと言うべきである。
解説
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