説苑 / 說叢
時不至,不可強生也;事不究,不可強求也。貞良而亡,先人餘殃;猖獗而活,先人餘烈;權取重,澤取長。才賢而任輕,則有名,不肖任大,身死名廢。
新字:時不至,不可強生也;事不究,不可強求也。貞良而亡,先人余殃;猖獗而活,先人余烈;権取重,沢取長。才賢而任軽,則有名,不肖任大,身死名廃。
書き下し
時至らざれば、強いて生ずべからず。事究めざれば、強いて求むべからず。貞良にして亡ぶるは、先人の餘殃なり。猖獗にして活くるは、先人の餘烈なり。權は重きを取り、澤は長きを取る。才賢にして任輕ければ則ち名有り、不肖にして任大なれば身死し名廢る。
現代語訳
時機が至っていなければ、無理に事を起こすべきではない。事情を究めていなければ、無理に求めるべきではない。正しく善良でありながら滅びるのは、先祖の残した禍のせいである。乱暴でありながら生き延びるのは、先祖の残した功績のおかげである。権勢は重いものを取るべきであり、恩恵は長く続くものを取るべきである。才能があり賢くても任される地位が軽ければ良い評判を得るが、才能がないのに大きな任務を負えば、身を滅ぼし名声も失う。
解説
時機を待つことの大切さと、才能と地位の釣り合いの重要性を説く章である。「才賢にして任輕ければ則ち名有り、不肖にして任大なれば身死し名廢る」という一文は、実力以上の地位を得ることの危うさを端的に示しており、昇進や抜擢を焦る現代のビジネスパーソンへの警鐘となる。また先祖の善悪の報いが子孫に及ぶという発想は、個人の運不運を安易に評価してはならないという視点も含んでいる。地位や機会は、自らの実力と釣り合っているかを冷静に見極めることが肝要である。
この章句が説くこと
時機分相応才任
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