講孟余話 / 盡心下 第三十八章
狂者進取、猥者有所不爲也、狂猥ノ別、萬事ニ就テ考索スヘシ、吳楚七国ノ反セシ時梁ノ將韓安国ハ持重シ、張羽ハ力戰ス狂ニ以テ敵兵ヲ追崩シ、其國ヲ全フス、狂者ハ譬ハ張羽ノ如シ、猥者ハ譬ヘハ韓安国ノ如シ、両ナカラ相輔シテ、以テ大道ヲ成就スルニ足ル、
新字:狂者進取、猥者有所不為也、狂猥ノ別、万事ニ就テ考索スヘシ、呉楚七国ノ反セシ時梁ノ将韓安国ハ持重シ、張羽ハ力戦ス狂ニ以テ敵兵ヲ追崩シ、其国ヲ全フス、狂者ハ譬ハ張羽ノ如シ、猥者ハ譬ヘハ韓安国ノ如シ、両ナカラ相輔シテ、以テ大道ヲ成就スルニ足ル、
書き下し
「狂者は進み取り、獧者は為さざる所有り」。狂獧の別、万事に就きて考索すべし。呉楚七国の反せし時、梁の将韓安国は持重し、張羽は力戦す、狂に以て敵兵を追ひ崩し、其の国を全うす。狂者は譬へば張羽の如し、獧者は譬へば韓安国の如し。両ながら相輔けて、以て大道を成就するに足る。
現代語訳
「狂者は進んで取り、狷者はしないことがある」。狂者と狷者の違いは、あらゆることについて考えてみるべきである。呉楚七国の乱のとき、梁の将軍の韓安国は守りを固めて動かず、張羽は力戦し、勇猛に敵兵を追い崩して、その国を守り抜いた。狂者はたとえば張羽のようなもの、狷者はたとえば韓安国のようなものである。二人が互いに助け合ってこそ、大道を成し遂げるに足るのである。
解説
孟子は、狂者は進んで取りにいき、狷者はしないことを固く守ると、二つの型を対比しました。松陰は前漢の呉楚七国の乱で梁を守った二人の将を例に挙げます。守りを固めた韓安国と、果敢に打って出た張羽。慎重な人と大胆な人のどちらか一方ではなく、両方がそろって初めて国が守られたと言うのです。性格の違う者を組み合わせてこそ大きな事は成るという見方は、松下村塾に気質の違う若者が集ったことにも通じます。仲間を選ぶとき、自分と違う型の人を大事にしているか、考えさせられる一節です。
この章句が説くこと
狂者狷者組み合わせ慎重果敢
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