講孟余話 / 盡心下 第三十章
此章事理、朱註說明セス、館人業屨ヲ牖上ニ置テ之ヲ失フ、而シテ或人此人卽チ屨ヲ織ルノ館人ナラン、然ラスンハ區々一業屨ノ爲ニ館人豈故ラニ他人ヲ倩テ孟子ニ問ンヤ、下文館人ト云フ者ハ、皆此人ヲ云ナリ、遽カニ孟子ノ從者ノ廋セルヲ疑フ、疎忽ノ甚シキ也、然トモ屨ヲ織ル如キハ是賤人奴隷ノ事、孟子乃チ此輩ニ對シテ、此過激ノ語ヲナス、最モ君子長者ノ風ナシト云ヘシ、且孟子ノ言ニ云ク、以是爲竊屨來與トハ何等ノ過激ソヤ、全ク是レ閭里惡少年喧嘩腰ノ語ニテ、又對フヘキ樣モナキ云分也、館人ノ言疎忽ト云トモ、敢テ孟子ノ從者ヲ以テ屨ヲ竊ム爲メニ來ルトハ云ハヌ也、但廋セルニテハナキカト疑フ也、廋スト云ヘハ、戯ニ廋スモ廋ス也、誤テ廋スモ廋ス也、竊ンテ廋スモ廋ス也、廋ノ字隱也、匿也、隱伏詭譎ノ意アリ、多クハ惡意ヲ以テスル事ニ似タレ共、竊ニ比セハ大ニ徑庭アリ、故ニ孟子眞ニ君子長者ノ風アラシメハ、唯溫言恭色シテ從者ヲ詮義シ、然ル後其眞ニ廋サヽル由ヲ喩シテ可也、
新字:此章事理、朱註説明セス、館人業屨ヲ牖上ニ置テ之ヲ失フ、而シテ或人此人即チ屨ヲ織ルノ館人ナラン、然ラスンハ区々一業屨ノ為ニ館人豈故ラニ他人ヲ倩テ孟子ニ問ンヤ、下文館人ト云フ者ハ、皆此人ヲ云ナリ、遽カニ孟子ノ従者ノ廋セルヲ疑フ、疎忽ノ甚シキ也、然トモ屨ヲ織ル如キハ是賤人奴隷ノ事、孟子乃チ此輩ニ対シテ、此過激ノ語ヲナス、最モ君子長者ノ風ナシト云ヘシ、且孟子ノ言ニ云ク、以是為窃屨来与トハ何等ノ過激ソヤ、全ク是レ閭里悪少年喧嘩腰ノ語ニテ、又対フヘキ様モナキ云分也、館人ノ言疎忽ト云トモ、敢テ孟子ノ従者ヲ以テ屨ヲ窃ム為メニ来ルトハ云ハヌ也、但廋セルニテハナキカト疑フ也、廋スト云ヘハ、戯ニ廋スモ廋ス也、誤テ廋スモ廋ス也、窃ンテ廋スモ廋ス也、廋ノ字隠也、匿也、隠伏詭譎ノ意アリ、多クハ悪意ヲ以テスル事ニ似タレ共、窃ニ比セハ大ニ径庭アリ、故ニ孟子真ニ君子長者ノ風アラシメハ、唯温言恭色シテ従者ヲ詮義シ、然ル後其真ニ廋サヽル由ヲ喩シテ可也、
書き下し
此の章の事理、朱註説明せず。館人業屨を牖上に置きて之れを失ふ。而して或人、此の人即ち屨を織るの館人ならん、然らずんば区々たる一業屨の為に、館人豈に故らに他人を倩ひて孟子に問はんや、下文に館人と云ふ者は皆此の人を云ふなり、遽かに孟子の従者の廋せるを疑ふ、疎忽の甚しきなり。然れども屨を織るが如きは是れ賤人奴隷の事、孟子乃ち此の輩に対して、此の過激の語をなす、最も君子長者の風なしと云ふべし。且つ孟子の言に云く、「是れを以て屨を竊まんが為に来たると為すか」とは何等の過激ぞや。全く是れ閭里の悪少年の喧嘩腰の語にて、又対ふべき様もなき云ひ分なり。館人の言疎忽と云へども、敢へて孟子の従者を以て屨を竊む為めに来たるとは云はぬなり。但だ廋せるにてはなきかと疑ふなり。廋すと云へば、戯れに廋すも廋すなり、誤つて廋すも廋すなり、竊んで廋すも廋すなり。廋の字は隠なり、匿なり、隠伏詭譎の意あり。多くは悪意を以てする事に似たれども、竊に比すれば大いに径庭あり。故に孟子をして真に君子長者の風あらしめば、唯だ温言恭色して従者を詮議し、然る後其の真に廋さざる由を喩して可なり。
現代語訳
この章の事情は、朱子の注では説明されていない。宿の者が編みかけのわらじを窓の上に置いておいたところ、なくなった。そこである人が――この人はおそらくわらじを編んでいた宿の者本人だろう。そうでなければ、たかが編みかけのわらじ一足のために、わざわざ他人に頼んで孟子に問うだろうか。下の文で「館人」と言っているのはみなこの人のことである――いきなり孟子の従者が隠したのではないかと疑った。軽率もはなはだしい。しかし、わらじを編むなどは身分の低い者の仕事である。孟子はそういう者に向かって、あのような激しい言葉を投げつけた。まったく君子・長者の風格がないと言うべきだ。そもそも孟子の「あなたは、私の弟子たちがわらじを盗むために来たと思うのか」という言葉は、何と激しいことか。まるで村の不良少年のけんか腰の言い草で、相手は答えようもない。宿の者の言葉が軽率だったとはいえ、孟子の従者がわらじを盗むために来たとまでは言っていない。ただ隠したのではないかと疑っただけである。隠すといえば、ふざけて隠すのも、間違って隠すのも、盗んで隠すのも隠すである。廋の字は、隠す、かくまうの意味で、ひそかに偽る含みがある。多くは悪意をもってすることに似ているが、盗むのと比べれば大きな隔たりがある。だから、もし孟子に本当に君子・長者の風格があったなら、ただ穏やかな言葉とうやうやしい顔つきで従者を調べ、そのうえで本当に隠していないことを諭せばよかったのである。
解説
この章句が説くこと
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