格言聯璧 / 持躬類・大いに肚皮を著けて物を容る
讓美歸功,此君子事。分怨共過,此盛德事。 毋毀眾人之名,以成一己之善。 毋沒天下之理,以護一己之過。 大著肚皮容物,立定腳跟做人。實處著腳,穩處下手。
新字:譲美帰功,此君子事。分怨共過,此盛徳事。 毋毀衆人之名,以成一己之善。 毋没天下之理,以護一己之過。 大著肚皮容物,立定脚跟做人。実処著脚,穏処下手。
書き下し
美を讓り功を歸するは、此れ君子の事なり。怨みを分ち過ちを共にするは、此れ盛德の事なり。 衆人の名を毀りて、以て一己の善を成す毋れ。 天下の理を沒して、以て一己の過ちを護る毋れ。 大いに肚皮を著けて物を容れ、腳跟を立定して人と做る。實處に腳を著け、穩處に手を下す。
現代語訳
良いところを人に譲り、手柄を人に帰すのは、君子のすることです。怨みを分かち合い、過ちを共に負うのは、盛んな徳のある人のすることです。 多くの人の名誉を傷つけて、自分ひとりの善を成し遂げてはなりません。 天下の道理を埋もれさせて、自分ひとりの過ちをかばってはなりません。 腹を大きく構えて物事を受け入れ、足もとをしっかり定めて人としての道を歩みなさい。確かなところに足をつけ、揺るがないところから手を下しなさい。
解説
前の単位の小人・衆人に続いて、君子と盛徳の人を示す句から始まります。美を譲り功を帰する君子に対し、盛徳の人は怨みや過ちまでも分かち合います。部下の失敗を一緒に背負う上司の姿を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。中ほどの二句は、他人の名誉を傷つけて自分を良く見せること、道理を曲げて自分の過ちをかばうことを戒めます。最後の句は、腹を大きくして物を容れ、足もとを固めて人となり、確かな所に足をつけて着実に手を下せと、身の持し方の要点を具体的な身体の比喩でまとめています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
君子盛徳度量持躬着実
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