講孟余話 / 盡心下 第二十六章
余深ク水府ノ学ニ服ス、謂ラク神州ノ道斯ニ在リト、然トモ其異端邪說ヲ論スルニ至テハ、頗ル放豚ヲ追フニ近キ者アリ、蜂蠆尙毒アリ、况ヤ佛法ノ如キ、皇國ニ行ルヽコト亦已ニ千三百年、人心ノ歸依スル所、圍師ハ必闕クニ非スンハ、安ンソ窮鼠却テ猫ヲ嚙サルヲ知ンヤ、余水府ノ諸先ト此義ヲ論セント欲ス、而シテ身幽囚ニアリ、由ナキノミ、因テ佛害論一篇ヲ作リ、佛ノ害アル所ヲ、古今ヲ証引シテ是ヲ條列シ、此害悉ク除去セハ、佛法固ヨリ国ニ益アリト云ニ帰セント欲ス、而シテ未タ及フニ暇アラス、余曾テ浮屠清狂ニ贈ル詩アリ云ク、曾將專念主爲讎、儒士而來交口尤、豈圖文教隆興後、扶植綱常屬緇流ト、又清狂ニ荅ル詩アリ、君不見佛法東來幾灰死、燼餘更爲儒風褫、因果弑君甚逆矣、功德度僧亦害耳、厭政逃禪事非美、奉法讎主義可皐、蠢民何識敬桑梓、高僧自誇違怙恃、君家祖師聞義徒、人倫道備叙高庫、親義天性存蜂蠆、何言佛法橘化枳ト、立言ノ体宜シク然ルヘシト思フ、余ヤ執ル所ハ、孔子ノ人而不仁、疾之已甚、乱也、ノ一語ニアリ
新字:余深ク水府ノ学ニ服ス、謂ラク神州ノ道斯ニ在リト、然トモ其異端邪説ヲ論スルニ至テハ、頗ル放豚ヲ追フニ近キ者アリ、蜂蠆尚毒アリ、況ヤ仏法ノ如キ、皇国ニ行ルヽコト亦已ニ千三百年、人心ノ帰依スル所、囲師ハ必闕クニ非スンハ、安ンソ窮鼠却テ猫ヲ噛サルヲ知ンヤ、余水府ノ諸先ト此義ヲ論セント欲ス、而シテ身幽囚ニアリ、由ナキノミ、因テ仏害論一篇ヲ作リ、仏ノ害アル所ヲ、古今ヲ証引シテ是ヲ条列シ、此害悉ク除去セハ、仏法固ヨリ国ニ益アリト云ニ帰セント欲ス、而シテ未タ及フニ暇アラス、余曽テ浮屠清狂ニ贈ル詩アリ云ク、曽将専念主為讎、儒士而来交口尤、豈図文教隆興後、扶植綱常属緇流ト、又清狂ニ荅ル詩アリ、君不見仏法東来幾灰死、燼余更為儒風褫、因果弑君甚逆矣、功徳度僧亦害耳、厭政逃禅事非美、奉法讎主義可皐、蠢民何識敬桑梓、高僧自誇違怙恃、君家祖師聞義徒、人倫道備叙高庫、親義天性存蜂蠆、何言仏法橘化枳ト、立言ノ体宜シク然ルヘシト思フ、余ヤ執ル所ハ、孔子ノ人而不仁、疾之已甚、乱也、ノ一語ニアリ
書き下し
余深く水府の学に服す。謂へらく神州の道斯に在りと。然れども其の異端邪説を論ずるに至りては、頗る放豚を追ふに近き者あり。蜂蠆すら尚毒あり、況んや仏法の如き、皇国に行はるること亦已に千三百年、人心の帰依する所、囲師は必ず闕くに非ずんば、安んぞ窮鼠却つて猫を嚙まざるを知らんや。余水府の諸先と此の義を論ぜんと欲す。而して身幽囚にあり、由なきのみ。因りて仏害論一篇を作り、仏の害ある所を、古今を証引して是れを条列し、此の害悉く除去せば、仏法固より国に益ありと云ふに帰せんと欲す。而して未だ及ぶに暇あらず。余曾て浮屠清狂に贈る詩あり、云く、「曾て専念を将て主として讎と為し、儒士而して来たりて口を交へて尤む。豈に図らんや文教隆興の後、綱常を扶植すること緇流に属せんとは」と。又清狂に答ふる詩あり、「君見ずや仏法東来して幾たびか灰死し、燼余更に儒風の為に褫はる。因果もて君を弑するは逆なり、功徳もて僧を度するも亦害のみ。政を厭ひ禅に逃るるは事美に非ず、法を奉じて主に讎するは義皐す可し。蠢民何ぞ桑梓を敬するを識らん、高僧自ら誇りて怙恃に違ふ。君が家の祖師は聞義の徒、人倫道備はりて高庫を叙す。親義の天性は蜂蠆にも存す、何ぞ言はん仏法の橘化して枳となると」と。立言の体宜しく然るべしと思ふ。余や執る所は、孔子の「人にして不仁なる、之れを疾むこと已甚だしきは、乱なり」の一語にあり。
現代語訳
私は水戸の学問に深く心服している。わが国の道はここにあると思う。だが異端邪説を論じるところになると、逃げた豚を追い立てるのに近いところがある。蜂やさそりでさえ毒を持つ。まして仏教は、わが国に行われてすでに千三百年、人々の心が帰依しているものである。囲む軍は必ず一方を空けておけ、というようにしなければ、追いつめられた鼠がかえって猫に嚙みつくことにならないとどうして言えよう。私は水戸の諸先生とこのことを論じたいが、身は幽囚の中にあってその手立てがない。そこで「仏害論」一篇を書き、仏教の害のある点を古今の例を引いて箇条に並べ、この害をすべて除けば仏教はもとより国に益がある、という結論にしたいと思ったが、まだ手をつける暇がない。私は以前、僧の月性(清狂)に贈った詩に「かつて念仏の宗は儒者を仇とし、儒者もまたこぞって仏教をとがめた。思いがけず、文教が盛んになった今、人倫の綱紀を支えるのが僧侶の側になろうとは」と詠んだ。また清狂に答えた詩には「君は知らないか、仏法が東に伝わってから幾度も灰のように滅びかけ、その燃え残りもさらに儒者の気風に奪われてきたことを。因果を説いて君を殺すのは大逆であり、功徳だと言って人を出家させるのも害にすぎない。政治を厭って禅に逃げるのは美しいことではなく、法を奉じて主君に仇するのは義において罪とすべきである。愚かな民は故郷を敬うことを知らず、高僧は自らを誇って父母に背く。だが君の家の祖師は義を聞く人であり、人倫の道が備わっていた。親への義という天性は蜂やさそりにさえある。どうして仏法がこの国で橘が枳に変わるように変質したなどと言えようか」と詠んだ。ものを言う態度はこうあるべきだと思う。私の拠りどころは、孔子の「不仁な人をあまりに憎みすぎると、かえって乱を招く」という一語にある。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「仲尼は已甚だしきを為さざる者なり。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「楊子は我が為にするを取る。一毛を抜きて天下を利するも、為さざるなり。墨子は兼愛す。頂を摩し踵に放るも、天下を利するは之を為す。子莫は中を執る。中を執るは之に近しと為すも、中を執りて權すること無ければ、猶ほ一を執るなり。一を執るに惡む所の者は、其の、道を賊うが為なり。一を舉げて百を廢すればなり。」
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尚書・蔡仲之命小民を康濟するに、率ね中よりし、聰明を作して舊章を亂すこと無かれ。
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