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講孟余話 / 盡心下 第二十章

自ラ昭々ニシ、人ヲシテ昭々ナラシムルハ賢者ニテ、必其功ヲ見ル也、自ラ昏々ニシテ、人ヲシテ昭々ナラシムルハ、不肖ニテ、必ス其功ヲ見ズ、是前ノ第九章ト全ク同シ、人君官吏豪奢ヲ好ミ、安逸ニ耽リ、天下ヘ質素節儉、文武興隆ノ令ヲ降ス如キ、古ヨリ未タ曾テ行ルヽ者アラズ、近人ノ文中ニ、主人晏ク起レハ家僮門ヲ掃ハズ、騎者膽壯ナレハ馬餘勇アリノ語アリ、余以テ名言トス

新字:自ラ昭々ニシ、人ヲシテ昭々ナラシムルハ賢者ニテ、必其功ヲ見ル也、自ラ昏々ニシテ、人ヲシテ昭々ナラシムルハ、不肖ニテ、必ス其功ヲ見ズ、是前ノ第九章ト全ク同シ、人君官吏豪奢ヲ好ミ、安逸ニ耽リ、天下ヘ質素節倹、文武興隆ノ令ヲ降ス如キ、古ヨリ未タ曽テ行ルヽ者アラズ、近人ノ文中ニ、主人晏ク起レハ家僮門ヲ掃ハズ、騎者胆壮ナレハ馬余勇アリノ語アリ、余以テ名言トス

書き下し

自ら昭々にし、人をして昭々ならしむるは賢者にて、必ず其の功を見るなり。自ら昏々にして、人をして昭々ならしむるは不肖にて、必ず其の功を見ず。是れ前の第九章と全く同じ。人君官吏豪奢を好み、安逸に耽り、天下へ質素節倹・文武興隆の令を降す如き、古より未だ曾て行はるる者あらず。近人の文中に、「主人晏く起くれば家僮門を掃はず、騎者胆壮なれば馬余勇あり」の語あり、余以て名言とす。

現代語訳

自分が明らかに分かっていて、人にも明らかに分からせるのは賢者であって、必ずその成果が見える。自分は暗くて分かっていないのに、人に明らかに分からせようとするのは愚か者であって、必ずその成果は見えない。これは前の第九章とまったく同じである。君主や役人がぜいたくを好み、安楽にふけりながら、天下に質素倹約や文武の振興の命令を下すようなことは、昔からいまだかつて行われたためしがない。近ごろの人の文章に「主人が遅く起きれば召使いは門を掃かず、乗り手の胆が据わっていれば馬にも勇気が余る」という言葉がある。私はこれを名言だと思う。

解説

孟子は、賢者は自分がはっきり分かってから人に分からせるが、今の人は自分が分かっていないのに人に分からせようとする、と言いました。松陰はこれを、身を正してから人を導けという第九章と同じ教えだと読み、上に立つ者が贅沢をしながら下に倹約を命じても行われたためしがないと言います。そして「主人が遅く起きれば召使いは門を掃かない、乗り手の胆が据われば馬にも勇気が余る」という言葉を名言として挙げます。組織の気風は上に立つ者の姿そのままに映る、という指摘です。

この章句が説くこと

率先垂範上下倹約指導

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