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講孟余話 / 盡心下 第十九章

余平素行篤敬ナラズ、言忠信ナラズト云ヘトモ、天性甚柔懦迂拙ナルヲ以テ、平生多ク人ト忤ハス、又人ノ悪ヲ察スルコト能ハス、唯人ノ善ノミヲ見ル、故ニ宗族郷黨ヨリ朋友故旧ニ至ル迄、多ク余ヲ怒嫉スル者アラズ、然トモ幼ヨリ山鹿氏ノ兵ヲ業トシ、武士道ヲ心掛ケ、死ヲ以テ常ニ心ニ當ル故、事変ニ感激スル每ニ、往々身家ヲ顧ミス危難ヲ冐シ狂妄ヲ爲スヲ以テ、前三等ノ小人最モ深ク余ヲ憎ム、而シテ余未タ曾テ顧ミス、却テ自ラ古人ヲ以テ以テ自ラ比スルニ至ル、是亦咲フヘキノミ

新字:余平素行篤敬ナラズ、言忠信ナラズト云ヘトモ、天性甚柔懦迂拙ナルヲ以テ、平生多ク人ト忤ハス、又人ノ悪ヲ察スルコト能ハス、唯人ノ善ノミヲ見ル、故ニ宗族郷党ヨリ朋友故旧ニ至ル迄、多ク余ヲ怒嫉スル者アラズ、然トモ幼ヨリ山鹿氏ノ兵ヲ業トシ、武士道ヲ心掛ケ、死ヲ以テ常ニ心ニ当ル故、事変ニ感激スル毎ニ、往々身家ヲ顧ミス危難ヲ冐シ狂妄ヲ為スヲ以テ、前三等ノ小人最モ深ク余ヲ憎ム、而シテ余未タ曽テ顧ミス、却テ自ラ古人ヲ以テ以テ自ラ比スルニ至ル、是亦咲フヘキノミ

書き下し

余平素行篤敬ならず、言忠信ならずと云へども、天性甚だ柔懦迂拙なるを以て、平生多く人と忤はず、又人の悪を察すること能はず、唯だ人の善のみを見る。故に宗族郷党より朋友故旧に至るまで、多く余を怒嫉する者あらず。然れども幼より山鹿氏の兵を業とし、武士道を心掛け、死を以て常に心に当つる故、事変に感激する毎に、往々身家を顧みず危難を冒し狂妄を為すを以て、前の三等の小人最も深く余を憎む。而して余未だ曾て顧みず、却つて自ら古人を以て以て自ら比するに至る。是れ亦咲ふべきのみ。

現代語訳

私は日ごろ、行いが手厚く慎み深いわけでもなく、言葉が誠実で信義があるわけでもないが、生まれつきたいへん気弱で世渡りが下手なので、ふだんはあまり人と逆らわず、また人の悪いところを見抜くこともできず、ただ人の良いところばかりを見る。だから一族や郷里の人々から友人や古い知り合いに至るまで、私に腹を立てたり嫉んだりする者は多くない。けれども幼いころから山鹿流の兵学を家業とし、武士道を心がけ、いつも死を心に置いているので、変事に心を動かされるたびに、しばしば我が身や家を顧みずに危険を冒し、無謀なことをする。そのため、先の三種類の小人が最も深く私を憎む。それでも私はこれまで気にかけたことがなく、かえって自分を古人になぞらえるまでになっている。これもまた笑うべきことである。

解説

小人の分析を終えた松陰は、自分自身に目を向けます。自分は気弱で人と争わず、人の良いところばかり見る性分だから、身近な人に憎まれることは少ない。けれども幼い頃から山鹿流兵学を家業とし、常に死を心に置いてきたので、事あるごとに身を顧みず無謀なことをしてしまい、それが三種の小人の憎しみを買うのだ、と。最後に、それでも気にかけず自分を古人になぞらえている自分を「笑ふべきのみ」と結びます。激しい言葉の裏にある、穏やかな人柄と自嘲のユーモアがのぞく一節です。

この章句が説くこと

自省山鹿流武士道人柄自嘲

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