講孟余話 / 盡心下 第十九章
余因テ細カニ小人ノ情態ヲ閱スルニ、凢ソ三等アリ、先ツ愚夫ト云者アリ、是ハ陳蔡ノ卒徒ノ孔子ヲ囲ム如キ是也、陳蔡ノ君ノ孔子ヲ惡ムハ、孔子ノ楚國ニ適テ用ラレ玉ハヽ、吾國ノ危カランコトヲ畏ルヽナルヘケレハ故由ナキニ非ス、卒徒ニ至テハ何ノ弁モナク、唯孔子ヲ仇敵ノ如ク思フナリ、余就縛以來多ク同心岡引番人等ヲ閱スルニ、陳蔡ノ卒徒ノ如キ者少ナカラス、是実ニ喩スヘカラサル者ニテ愍ムヘキノ甚シキ也、又俗人アリ、俗人トハ流俗一同ノ人ニテ学モ識モナク、志モ氣モナク、唯耳目ノ見聞ニノミ泥ミテ、稍氣槪アリ、稍奇異ノ節アルヲ見テハ駭キ怪ム也、是今世士林ノ人大氏此類ニテ、皆宴安ニ溺レ艱難ヲ畏ルヽヨリ起ル私心也、又俗儒アリ、其学原ト程朱ヨリ出ツ、程朱道德ヲ尊フノ說ヲ假テ、己カ不材不能ヲ飾ラン爲メニ、材能ヲ黜ケ、己カ無氣無節ヲ掩ハン爲メニ、氣節ヲ惡ム、是尤モ憎ムヘキ者ニテ、今果シテ孔孟程朱再生ストモ、必ス此人ノ容ルヽ所トナラサル也、小人ノ情態、余カ目擊躬交スル者大氏此三等ニ過キス、然トモ小人ノ君子ヲ惡ム情ヲ察スルニ実ニ憐ムヘキ者ナリ、何トナレハ、彼皆自ラ不足ノ所アリ、又其隱惡邪慝ヲ發カレンコトヲ惧ル、故ニ君子ヲ見テ畏憚シ、已ムヲ得ズ茲ニ至ル、邪人ハ正人ノ正ヲ憚リ、怯夫ハ勇夫ノ勇ヲ畏ル、類推シテ知ルヘシ、
新字:余因テ細カニ小人ノ情態ヲ閲スルニ、凢ソ三等アリ、先ツ愚夫ト云者アリ、是ハ陳蔡ノ卒徒ノ孔子ヲ囲ム如キ是也、陳蔡ノ君ノ孔子ヲ悪ムハ、孔子ノ楚国ニ適テ用ラレ玉ハヽ、吾国ノ危カランコトヲ畏ルヽナルヘケレハ故由ナキニ非ス、卒徒ニ至テハ何ノ弁モナク、唯孔子ヲ仇敵ノ如ク思フナリ、余就縛以来多ク同心岡引番人等ヲ閲スルニ、陳蔡ノ卒徒ノ如キ者少ナカラス、是実ニ喩スヘカラサル者ニテ愍ムヘキノ甚シキ也、又俗人アリ、俗人トハ流俗一同ノ人ニテ学モ識モナク、志モ気モナク、唯耳目ノ見聞ニノミ泥ミテ、稍気槪アリ、稍奇異ノ節アルヲ見テハ駭キ怪ム也、是今世士林ノ人大氏此類ニテ、皆宴安ニ溺レ艱難ヲ畏ルヽヨリ起ル私心也、又俗儒アリ、其学原ト程朱ヨリ出ツ、程朱道徳ヲ尊フノ説ヲ仮テ、己カ不材不能ヲ飾ラン為メニ、材能ヲ黜ケ、己カ無気無節ヲ掩ハン為メニ、気節ヲ悪ム、是尤モ憎ムヘキ者ニテ、今果シテ孔孟程朱再生ストモ、必ス此人ノ容ルヽ所トナラサル也、小人ノ情態、余カ目撃躬交スル者大氏此三等ニ過キス、然トモ小人ノ君子ヲ悪ム情ヲ察スルニ実ニ憐ムヘキ者ナリ、何トナレハ、彼皆自ラ不足ノ所アリ、又其隠悪邪慝ヲ発カレンコトヲ惧ル、故ニ君子ヲ見テ畏憚シ、已ムヲ得ズ茲ニ至ル、邪人ハ正人ノ正ヲ憚リ、怯夫ハ勇夫ノ勇ヲ畏ル、類推シテ知ルヘシ、
書き下し
余因りて細かに小人の情態を閲するに、凡そ三等あり。先づ愚夫と云ふ者あり、是れは陳蔡の卒徒の孔子を囲む如き是れなり。陳蔡の君の孔子を悪むは、孔子の楚国に適きて用ゐられ玉はば、吾が国の危ふからんことを畏るるなるべければ故由なきに非ず。卒徒に至りては何の弁もなく、唯だ孔子を仇敵の如く思ふなり。余就縛以来多く同心・岡引・番人等を閲するに、陳蔡の卒徒の如き者少なからず、是れ実に喩すべからざる者にて愍むべきの甚だしきなり。又俗人あり。俗人とは流俗一同の人にて、学も識もなく、志も気もなく、唯だ耳目の見聞にのみ泥みて、稍気概あり、稍奇異の節あるを見ては駭き怪しむなり。是れ今世士林の人大抵此の類にて、皆宴安に溺れ艱難を畏るるより起こる私心なり。又俗儒あり。其の学原と程朱より出づ。程朱道徳を尊ぶの説を仮りて、己が不材不能を飾らん為めに材能を黜け、己が無気無節を掩はん為めに気節を悪む。是れ尤も憎むべき者にて、今果して孔孟程朱再生すとも、必ず此の人の容るる所とならざるなり。小人の情態、余が目撃躬交する者大抵此の三等に過ぎず。然れども小人の君子を悪む情を察するに、実に憐れむべき者なり。何となれば、彼皆自ら不足の所あり、又其の隠悪邪慝を発かれんことを惧る、故に君子を見て畏憚し、已むを得ず茲に至る。邪人は正人の正を憚り、怯夫は勇夫の勇を畏る、類推して知るべし。
現代語訳
そこで私が小人の有様を細かく見てみると、およそ三種類ある。まず愚夫というものがいる。これは陳・蔡の兵卒が孔子を取り囲んだようなものである。陳・蔡の君主が孔子を憎んだのは、孔子が楚の国へ行って用いられれば自国が危うくなることを恐れたからであろうから、理由がないわけではない。ところが兵卒に至っては何のわきまえもなく、ただ孔子を仇敵のように思うのである。私は捕らえられてからこのかた、多くの同心や岡っ引き、番人などを見てきたが、陳・蔡の兵卒のような者が少なくない。これはまことに言い聞かせようのない者で、ひどく哀れむべきである。また俗人というものがいる。俗人とは、世の流れに同調する人々で、学問も見識もなく、志も気概もなく、ただ目や耳で見聞きすることだけにとらわれて、少しでも気概のある人や、少しでも変わった節操のある人を見ると、驚き怪しむのである。今の世の武士たちはたいていこの類であって、みな安逸におぼれ苦難を恐れることから起こる私心である。また俗儒というものがいる。その学問はもともと程子・朱子から出ている。程子・朱子が道徳を尊ぶという説を借りて、自分の才能のなさを飾るために才能ある者を退け、自分の気概や節操のなさを覆い隠すために気概や節操を憎む。これが最も憎むべき者であって、たとえ孔子・孟子・程子・朱子が生き返ったとしても、必ずこの人たちには受け入れられないであろう。小人の有様で、私が目の当たりにし、身をもって交わったものは、おおむねこの三種類にすぎない。けれども小人が君子を憎む心を推し量ると、まことに哀れむべきものである。なぜなら、彼らはみな自分に足りないところがあり、また隠している悪事やよこしまな心を暴かれることを恐れているので、君子を見て恐れはばかり、やむを得ずこうなるのである。よこしまな人は正しい人の正しさをはばかり、臆病者は勇者の勇気を恐れる。類推して知るべきである。
解説
この章句が説くこと
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