講孟余話 / 盡心下 第十九章
二章同樣ノコトニテ、皆聖人君子ト云トモ、濁世惡人ニ遇テハ陳蔡ノ圍多口ノ訕ヲ免カレサルコトヲ云、然トモ此境一概ニ論シ難キコトアリ、君子ニ二等アリ、高尙ノ士ハ固ヨリ流俗ニ同フセス、汙世ニ合セス、嘐々然トシテ古人ヲ以テ師トス、此人ノ世ニ居ル、俗人庸夫其奇怪ニ駭キ、口ヲ交ヘテ唾罵スルハ固也、而シテ独リ有識ノ士ノミ深ク是ヲ推服ス、居行ノ士ハ居処恭、執事敬、與人忠、雖之夷狄、不可棄也、子路、言忠信、行篤敬、雖蠻貊之邦行矣、衛靈公、ノ類ニテ、斯ノ如キ者ハ君子小並ニ服スルノ人ナリ、然トモ忠信恭敬毫モ私意ニ出ルコトアレハ、忽チ郷原ノ小廉曲謹ノ流ニ陷リ、君子ノ賤ム所ニシテ、小人ト雖ヘトモ信服セサル者ナリ、且文王孔子ノ大聖ヲ以テスラ、群小ノ慍怒ハ免カレサルコトナレハ忠信篤敬モ亦自ラ窮スル所アリ、
新字:二章同様ノコトニテ、皆聖人君子ト云トモ、濁世悪人ニ遇テハ陳蔡ノ囲多口ノ訕ヲ免カレサルコトヲ云、然トモ此境一概ニ論シ難キコトアリ、君子ニ二等アリ、高尚ノ士ハ固ヨリ流俗ニ同フセス、汚世ニ合セス、嘐々然トシテ古人ヲ以テ師トス、此人ノ世ニ居ル、俗人庸夫其奇怪ニ駭キ、口ヲ交ヘテ唾罵スルハ固也、而シテ独リ有識ノ士ノミ深ク是ヲ推服ス、居行ノ士ハ居処恭、執事敬、与人忠、雖之夷狄、不可棄也、子路、言忠信、行篤敬、雖蠻貊之邦行矣、衛霊公、ノ類ニテ、斯ノ如キ者ハ君子小並ニ服スルノ人ナリ、然トモ忠信恭敬毫モ私意ニ出ルコトアレハ、忽チ郷原ノ小廉曲謹ノ流ニ陥リ、君子ノ賤ム所ニシテ、小人ト雖ヘトモ信服セサル者ナリ、且文王孔子ノ大聖ヲ以テスラ、群小ノ慍怒ハ免カレサルコトナレハ忠信篤敬モ亦自ラ窮スル所アリ、
書き下し
二章同様のことにて、皆聖人君子と云へども、濁世悪人に遇ひては陳蔡の囲み、多口の訕りを免かれざることを云ふ。然れども此の境一概に論じ難きことあり。君子に二等あり。高尚の士は固より流俗に同じうせず、汚世に合はせず、嘐々然として古人を以て師とす。此の人の世に居る、俗人庸夫其の奇怪に駭き、口を交へて唾罵するは固よりなり。而して独り有識の士のみ深く是れを推服す。居行の士は「居処恭しく、事を執りて敬し、人と与りて忠なれば、夷狄に之くと雖も、棄つべからざるなり」子路、「言忠信、行篤敬なれば、蛮貊の邦と雖も行はれん」衛霊公、の類にて、斯くの如き者は君子小人並びに服するの人なり。然れども忠信恭敬毫も私意に出づることあれば、忽ち郷原の小廉曲謹の流れに陥り、君子の賤しむ所にして、小人と雖も信服せざる者なり。且つ文王・孔子の大聖を以てすら、群小の慍怒は免かれざることなれば、忠信篤敬も亦自ら窮する所あり。
現代語訳
(第十九章)前の二章と同じようなことで、いずれも聖人や君子であっても、濁った世で悪人に出会えば、陳・蔡で囲まれたり、多くの人の悪口を受けたりするのは免れないことを言っている。けれどもこの境地は一概に論じにくいところがある。君子には二種類ある。志の高い士は、もとより世俗に同調せず、汚れた世に合わせず、大きなことを言って古人を師とする。この人が世に暮らすと、俗人や凡人がその変わりように驚き、口々に罵るのは当然である。そしてただ見識ある士だけが、深くこの人に心服する。身の処し方の正しい士は、「ふだんの暮らしは恭しく、仕事は慎み深く、人とは誠実に交われば、夷狄の地に行っても見捨てられることはない」子路篇、「言葉が誠実で信義があり、行いが手厚く慎み深ければ、異民族の国でも受け入れられる」衛霊公篇、の類であって、このような人は君子も小人もともに心服する人である。けれども、その誠実さや慎みがわずかでも私心から出ていれば、たちまち郷原(村の偽善者)の小さな清廉や形だけの慎みの類に落ちてしまい、君子に軽蔑され、小人であっても心服しないものとなる。しかも文王や孔子のような大聖人でさえ、つまらない人々の恨みや怒りは免れなかったのだから、誠実で慎み深いだけでは、おのずから行き詰まるところがあるのである。
解説
この章句が説くこと
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