酔古堂剣掃 / 集靈・暗室に入りて欺かず
類君子之有道,入暗室而不欺;同至人之無跡,懷明義以應時。
新字:類君子之有道,入暗室而不欺;同至人之無跡,懐明義以応時。
書き下し
君子の道有るに類し、暗室に入りて欺かず。 至人の跡無きに同じく、明義を懷きて以て時に應ず。
現代語訳
それは道を身につけた君子のように、暗い部屋に入っても欺くことがありません。跡を残さない至人と同じように、明らかな道理を胸に抱いて、時に応じて振る舞います。
解説
君子と至人という二つの理想像を並べた対句です。暗室で欺かないとは、人の見ていない所でも心を偽らないことで、『大学』や『中庸』が説く慎独、つまり独りを慎むという教えに通じます。至人は『荘子』に見える最高の境地に達した人で、無跡は行いに痕跡や作為を残さないことです。明義は明らかな道理、応時は時勢に応じて動くことです。前後の句と同じく何かをたたえる賦の一節と思われ、主語は示されていません。人目のない所で誠実であり、しかも自分の正しさを押し付けず、状況に合わせて柔軟に動く。誠実さとしなやかさを両立させる姿が描かれています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
慎独君子誠実修身荘子
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