酔古堂剣掃 / 集法・寧ろ人己に負くも
君子處身,寧人負己,己無負人;小人處事,寧己負人,無人負己。
新字:君子処身,寧人負己,己無負人;小人処事,寧己負人,無人負己。
書き下し
君子の身を處するや、寧ろ人己に負くも、己人に負くこと無し。小人の事に處するや、寧ろ己人に負くも、人己に負くこと無からしむ。
現代語訳
君子の身の処し方は、たとえ人が自分を裏切ることがあっても、自分が人を裏切ることはありません。小人の事の処し方は、たとえ自分が人を裏切ることがあっても、人に自分を裏切らせはしません。
解説
君子と小人の違いを、裏切りに対する態度で示した一則です。後半の小人の言葉は、三国時代の曹操が、我をして人に負かしむるとも、人をして我に負かしむる毋かれと言ったと伝えられる言葉と同じ構えです。負くは背き裏切ることです。小人は、自分が損をしないことを第一にし、先に裏切ってでも身を守ろうとします。君子は、裏切られる危険を承知のうえで、自分からは決して人を裏切りません。損をしても信義を守るのは難しいことです。しかし長い目で見れば、その人のもとにこそ信頼が集まります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
信義君子処世誠実修身
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