講孟余話 / 盡心下 第十六章
仁ハ人也、人ニ非レハ仁ナシ、禽獸是也、仁ナケレバ人ニ非ラス、禽獸ニ近キ是也、必スヤ仁ト人ト相合スルヲ待テ道ト云ヘシ、世ニハ人ニシテ仁ナラサル者多シ、又人ヲ離レテ仁ヲ語ル者多シ、今ノ読書人皆是也、是豈道トスヘケンヤ
新字:仁ハ人也、人ニ非レハ仁ナシ、禽獣是也、仁ナケレバ人ニ非ラス、禽獣ニ近キ是也、必スヤ仁ト人ト相合スルヲ待テ道ト云ヘシ、世ニハ人ニシテ仁ナラサル者多シ、又人ヲ離レテ仁ヲ語ル者多シ、今ノ読書人皆是也、是豈道トスヘケンヤ
書き下し
仁は人なり。人に非ざれば仁なし、禽獣是れなり。仁なければ人に非ず、禽獣に近き是れなり。必ずや仁と人と相合するを待ちて道と云ふべし。世には人にして仁ならざる者多し。又人を離れて仁を語る者多し、今の読書人皆是れなり。是れ豈に道とすべけんや。
現代語訳
仁とは人である。人でなければ仁はない。鳥や獣がそれである。仁がなければ人ではない。鳥や獣に近い者がそれである。必ず仁と人とが一つに合わさってはじめて道と言うべきである。世の中には、人でありながら仁でない者が多い。また人を離れて仁を語る者も多い。今の読書人はみなそうである。これがどうして道と言えようか。
解説
孟子の「仁なる者は人なり、合して之れを言へば道なり」を、松陰は短く鮮やかに解きます。仁は人の中にしかなく、仁を欠いた人は人とは言いがたい。だから仁と人が一つになって初めて道になる、というのです。そして世間には、人でありながら仁を欠く者と、生身の人から離れて仁を語る者がいると言い、後者の典型として当時の読書人を挙げます。思いやりを書物の中の概念として論じるのではなく、目の前の人との関わりの中で実際に示すことを求める、松陰らしい厳しい一言です。
この章句が説くこと
仁人道実践読書人
関連する章句
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「仁なる者は、人なり。合せて之を言えば、道なり。」
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『童子問』卷中問ふ、程子曰く、仁者は天地万物を以て一体と為す。己に非ざる莫し。認め得て己と為さば、何の至らざる所かあらんと。此の語如何。曰く、此の理有り。然れども之を用に施し難し。博く民に施して、能く衆を済ふ有り、堯舜も其れ猶ほ諸を病めり。則ち藉令認め得て己と為すとも、豈に能く至ることを得んや。故に口に言ふべくして、身に行ふべからざる者は、君子道はず。墨子は天下を兼愛するを以て道と為し、仏氏は三界の衆生を以て己の一子と為す。皆口に言ふべくして、身に行ふべからざる者なり。高論多説は、皆道に益無し。言はざるを以て是と為す。
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『慎思録』巻之三程子曰く、天地生物の気象は、見るべくして言ふべからず。善く此を観る者は、必ず道を知るなり、と。篤信窃かに謂ふ、易に曰く、天地の大徳を生と曰ふ、と。蓋し天地は別に心無く、別に事無し。独り物を生ずるを以て心と為し、且つ以て事と為すのみ。故に能く天地生物の理の四時に行はれ、万物に著はるるを見て、之を黙識する者有らば、即ち此れ道を知るなり。程子の言信ずべし。天地生物の理、人之を受けて以て心と為す。所謂仁なり。温和慈愛、便ち是れ天地生物の気象なり。
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『童子問』卷上問ふ、伊川先生云ふ、「聖人は未だ嘗て易きを言ひて以て人を驕らしめず、亦未だ嘗て難きを言ひて以て人の進むを阻まず」と。此の語如何。曰く、聖人の言語は、皆其の自然に循ひて、未だ嘗て粃点せず、亦未だ嘗て作弄せず。若し未だ嘗て易きを言はず、亦未だ嘗て難きを言はずと曰はば、則ち是れ聖人言語を以て道を簸弄するなり。語に曰く、「誰か能く出づるに戸に由らざらん。何ぞ斯の道に由ること莫き」と。又曰く、「仁遠からんや。我仁を欲すれば、斯に仁至る」と。又曰く、「未だ之を思はざるなり。夫れ何の遠きことか之有らん」と。孟子曰く、「道は邇きに在り、而るに諸を遠きに求む。事は易きに在り、而るに諸を難きに求む」と。皆其の近くして易きを言ふなり。学者の其の入り難きに苦しむ者は、皆道の実処を知らざるに由るなり。
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『童子問』卷中問ふ。喩を承く。論語は宇宙第一の書たり、而して仁は孔門第一の字たり、と。然るに大学のごときは、敬を以て要と為し、中庸は誠を以て主と為す。及び詩の思ひ邪無き、書の中、易の時、一書各一書の綱領有り。如何。曰く、人道の仁義有るは、猶ほ天道の陰陽有るがごときなり。仁義を外にして、豈に復た道有らんや。而して仁の義を包むは、猶ほ陽の陰を統ぶるがごとし。故に孔門は仁を以て宗と為し、而して義を以て輔と為す。敬とは此を敬するなり。誠とは此を誠にするなり。詩の思ひ邪無き、書の中、易の時、皆然り。道は本多端無し。故に曰く、吾が道は一以て之を貫く、と。
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『童子問』卷上問ふ、何をか人の外に道無しと謂ふと。曰く、人とは何ぞ。君臣なり、父子なり、夫婦なり、昆弟なり、朋友なり。夫れ道は一のみ。君臣に在りては之を義と謂ひ、父子には之を親と謂ひ、夫婦には之を別と謂ひ、昆弟には之を叙と謂ひ、朋友には之を信と謂ふ。皆人に由りて顕はる。人無ければ則ち以て道を見ること無し。故に曰く、人の外に道無しと。何をか道の外に人無しと謂ふ。曰く、道とは何ぞ。仁なり、義なり、礼なり、智なり。人其の中に囿まれて、須臾も離るることを得ず。離るれば則ち人に非ざるなり。故に曰く、道の外に人無しと。凡そ天地の外・古今の遠きを説きて、人倫に資すること無く、天下国家の治に益すること無き者は、皆邪説の魁なり。設令宇宙の外に復た宇宙有りとも、苟も人其の間に生まるること有らば、必ず当に君臣父子夫婦の倫有りて、仁義礼智の道に循ふべし。故に曰く、人に由りて顕はる、人無ければ則ち以て道を見ること無しと。謹んで此の説を聴き、異説の惑はす所と為ること勿かれ。
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