講孟余話 / 盡心下 第十四章
民爲貴、社稷次之、君爲輕、此義人君自ラ戒ムル所ナリ、盖シ人君ノ天職ハ天民ヲ治ルコトナリ、民ノ爲ノ君ナレハ、民ナケレハ君ニモ及ハズ、故ニ民ヲ貴トシ、君ヲ輕トス、是等ノ処ハ篤ト味フヘシ、異國ノ事ハ姑ク置ク、吾國ハ辱ナクモ國常立尊ヨリ、代々ノ神々ヲ経テ、伊弉諾尊伊弉册尊ニ至リ、大八洲國及ヒ山川草木人民ヲ生ミ給ヒ、又天下ノ主タル皇祖天照皇大神ヲ生ミ玉ヘリ、夫ヨリ以來列聖相承ケ、宝祚ノ隆天壤ト動ナク、萬々代ノ後ニ傳ハルコトナレハ、國土山川草木人民、皆皇祖以來保守護持シ玉フ者ナリ、故ニ天下ヨリ視レハ人君程尊キ者ハナシ、人君ヨリ視レハ人民程貴キ者ハナシ、此君民ハ開闢以來一日モ相離レ得ル者ニ非ス、故ニ君アレハ民アリ、君ナケレハ民ナシ、又民アレハ君アリ、民ナケレハ君ナシ、此義ヲ弁セスシテ此章ヲ読マハ、毛唐人ノ口眞似シテ、天下ハ一人ノ天下ニ非ス、天下ノ天下ナリナト、罵ル、國体ヲ忘却スルニ至ル、惧ルヘキノ甚シキ也、
新字:民為貴、社稷次之、君為軽、此義人君自ラ戒ムル所ナリ、盖シ人君ノ天職ハ天民ヲ治ルコトナリ、民ノ為ノ君ナレハ、民ナケレハ君ニモ及ハズ、故ニ民ヲ貴トシ、君ヲ軽トス、是等ノ処ハ篤ト味フヘシ、異国ノ事ハ姑ク置ク、吾国ハ辱ナクモ国常立尊ヨリ、代々ノ神々ヲ経テ、伊弉諾尊伊弉册尊ニ至リ、大八洲国及ヒ山川草木人民ヲ生ミ給ヒ、又天下ノ主タル皇祖天照皇大神ヲ生ミ玉ヘリ、夫ヨリ以来列聖相承ケ、宝祚ノ隆天壤ト動ナク、万々代ノ後ニ伝ハルコトナレハ、国土山川草木人民、皆皇祖以来保守護持シ玉フ者ナリ、故ニ天下ヨリ視レハ人君程尊キ者ハナシ、人君ヨリ視レハ人民程貴キ者ハナシ、此君民ハ開闢以来一日モ相離レ得ル者ニ非ス、故ニ君アレハ民アリ、君ナケレハ民ナシ、又民アレハ君アリ、民ナケレハ君ナシ、此義ヲ弁セスシテ此章ヲ読マハ、毛唐人ノ口真似シテ、天下ハ一人ノ天下ニ非ス、天下ノ天下ナリナト、罵ル、国体ヲ忘却スルニ至ル、惧ルヘキノ甚シキ也、
書き下し
「民を貴しと為し、社稷之れに次ぎ、君を軽しと為す」。此の義、人君自ら戒むる所なり。蓋し人君の天職は天民を治むることなり。民の為の君なれば、民なければ君にも及ばず。故に民を貴しとし、君を軽しとす。是等の処は篤と味はふべし。異国の事は姑く置く。吾が国は辱くも国常立尊より、代々の神々を経て、伊弉諾尊・伊弉冊尊に至り、大八洲国及び山川草木人民を生み給ひ、又天下の主たる皇祖天照皇大神を生み玉へり。夫れより以来列聖相承け、宝祚の隆、天壌と動きなく、万々代の後に伝はることなれば、国土山川草木人民、皆皇祖以来保守護持し玉ふ者なり。故に天下より視れば人君程尊き者はなし、人君より視れば人民程貴き者はなし。此の君民は開闢以来一日も相離れ得る者に非ず。故に君あれば民あり、君なければ民なし。又民あれば君あり、民なければ君なし。此の義を弁ぜずして此の章を読まば、毛唐人の口真似して、天下は一人の天下に非ず、天下の天下なりなど罵り、国体を忘却するに至る。惧るべきの甚だしきなり。
現代語訳
「民が最も貴く、国家の祭祀の神がこれに次ぎ、君主は軽い」。この意味は、君主がみずから戒めとするところである。思うに、君主の天から授かった職分は、天の民を治めることである。民のための君主であるから、民がいなければ君主も成り立たない。だから民を貴いとし、君主を軽いとするのである。こうしたところはよく味わうべきである。外国のことはひとまず置く。わが国は恐れ多くも、国常立尊から代々の神々を経て伊弉諾尊・伊弉冊尊に至り、大八洲の国と山川草木や人民をお生みになり、また天下の主である皇祖天照大神をお生みになった。それ以来、歴代の天皇が受け継がれ、皇位の栄えは天地とともに揺るぎなく、万世の後まで伝わるのであるから、国土も山川草木も人民も、みな皇祖以来守り保ってこられたものである。だから天下から見れば君主ほど尊いものはなく、君主から見れば人民ほど貴いものはない。この君と民とは、天地の始まり以来一日も離れることのできないものである。だから君があれば民があり、君がなければ民はない。また民があれば君があり、民がなければ君はない。この意味をわきまえずにこの章を読めば、外国の人の口まねをして、天下は一人の天下ではない、天下の人々の天下だなどと声高に言い立て、国のあり方を忘れてしまうことになる。たいへん恐るべきことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「民を貴しと為し、社稷之に次ぎ、君を輕しと為す。是の故に丘民に得られて天子と為り、天子に得られて諸侯と為り、諸侯に得られて大夫と為る。諸侯、社稷を危うくすれば、則ち變置す。犧牲既に成り、粢盛既に潔く、祭祀時を以てす。然り而して旱乾水溢あれば、則ち社稷を變置す。」
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廟堂忠告・重民第三蓋(けだ)し聞く、古(いにしえ)の王者、版(はん)を授かれば則ち拝す、と。切(せつ)に意(おも)うに、万乗(ばんじょう)の尊きを以て、其の民の為に貶抑(へんよく)すること是くの若し。嘗て焉(これ)を疑いて取らざりき。既にして之を思うに、国の昌(さか)んなる所以、四夷(しい)の靖(やす)んずる所以、朝廷の隆(さか)んなる所以、宗廟社稷(そうびょうしゃしょく)の血食(けっしょく)悠久なる所以は、民に微(よ)らざれば爾(しか)る能わざるなり。夫れ天は億兆(おくちょう)の命を以て之を君に託し、君は億兆の命を以て之を相に託す。是れ相なる者は、君の為に民を乂(おさ)むる者なるを知るなり。君なる者は、天の為、祖宗の為に民を保つ者なり。天は是を以て我に託し、祖宗は是を以て我に託す。敢えて敬せざらんや、敢えて慎まざらんや。苟(いやしく)も其の託を受けて之をして生を遂げ業に安んぜしむる能わず、乃(すなわ)ち従いて之を擾(みだ)し、之を虐げ、之を犬彘(けんてい)にし、之を草菅(そうかん)にせば、則ち是れ天に逆らいて祖宗の命に違い、以て自ら其の国を戕(そこ)なうなり。而(しか)して可ならんや。彼(か)の民為(た)る者、固(もと)より敢えて与(とも)に校(くら)べざれども、天の心に於いて、祖宗の心に於いて、其れ能く戚(いた)む所無からんや。嘗て謂う、民を愛する者は天に過ぐる無く、祖宗に過ぐる無し、天の之を生ずること難く、祖宗の之を得ること尤(もっと)も難しと為す、と。王者は其の是くの如くなるを知り、凜凜(りんりん)焉(えん)として未だ嘗て民生を以て重しと為さずんばあらず。其の害を聞けば則ち之を除き、其の利を覩(み)れば則ち之を挙げ、牧守(ぼくしゅ)其の人に非ざれば則ち之を易(か)え置く。今夫れ鷹師(ようし)圉人(ぎょじん)の掌(つかさど)る所の者は、人主服御(ふくぎょ)の一物に過ぎざるも、人尚お内侍(ないじ)を以て之を重んず。刺史(しし)県令(けんれい)は乃ち祖宗の為、国家の為に斯(こ)の民を牧養(ぼくよう)する者なるに、反って視て切(せつ)ならずと為して漫(みだ)りに之を卑しむ。是れ民を愛すること鷹犬(ようけん)に如(し)かず、内侍を重んずること祖宗国家一方の生霊(せいれい)の寄する者を受くるに如かず。豈に顛倒(てんとう)して体(たい)を失うに非ずや。大氐(たいてい)下の為す所以は、惟(ただ)上を是れ視る。上に在る者、誠に民を重んずるの心有りて、天下治まらざる者は、古今未だ有らざるなり。
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荀子・大略篇天の民を生ずるは、君の為に非(あら)ざるなり。天の君を立つるは、以て民の為にするなり。故に古(いにしへ)は、地を列(わか)ちて国を建つるは、以て諸侯を貴くするのみに非ず。官職を列(つら)ね、爵禄(しゃくろく)を差(しな)するは、以て大夫を尊くするのみに非ざるなり。
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『講孟余話』孟子序說然れども此の論は是れ国体上より出で来る所なり。漢土に在りては君道自ら別なり。大抵聡明睿智、億兆の上に傑出する者其の君長となるを道とす。故に堯舜は其の位を他人に譲り、湯武は其の主を放伐すれども、聖人に害なしとす。我が邦は上天朝より下列藩に至る迄、千万世々襲して絶えざること、中々漢土などの比すべきに非ず。故に漢土の臣は縦へば半季渡りの奴婢の如し。其の主の善悪を択んで転移すること固より其の所なり。我が邦の臣は譜第の臣なれば、主人と死生休戚を同じうし、死に至ると雖も主を棄てて去るべきの道絶えてなし。嗚呼、我が父母は何国の人ぞ、我が衣食は何国の物ぞ、書を読み道を知る、亦誰が恩ぞ。今少しく主に遇はざるを以て、忽然として是れを去る、人心に於て如何ぞや。我孔孟を起して、与に此の義を論ぜんと欲す。聞く、近世海外の諸蛮、各々其の賢智を推挙し、其の政治を革新し、駸々然として上国を凌侮するの勢あり。我何を以てか是れを制せん。他なし、前に論ずる所の我が国体の外国と異なる所以の大義を明らかにし、闔国の人は闔国の為めに死し、闔藩の人は闔藩の為めに死し、臣は君の為めに死し、子は父の為めに死するの志確乎たらば、何ぞ諸蛮を畏れんや。願はくは諸君と茲に従事せん。
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『講孟余話』萬章下 第二章本朝の如きは君臣の義固より外国の比に非ずと云へども、天子は誠の雲上人にて、人間の種にはあらぬ如く心得るは、古道曾て然るに非ず。王朝の衰へてより茲に至り、又茲に至りてより王朝益々衰ふるなり。此の義詳らかに明主の前に陳ずる者あらば、必ず超然として古道に進む者あらん。然れども是れ亦卒爾に説きがたし。卒爾に説きて卒爾に聞く時は、却つて権奸の口実となし、乱臣賊子跡を本朝に踵ぐに至らん。是れ誠に恐るべし。又案ずるに周制、庶人と云へども一家五人より九人を養ふ、是れ亦厚しと云ふべし。是れ支那の古は地広く田多くして人民少なき故に、能く然ることを得ると見えたり。本邦の今日を以て例し難し。
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『初学訓』巻之二一国土を治め給ふ君は、民を恵み治むる役人にて、民をいつくしみ恵むを以て職分とす。是、民の父母なれば、其臣下と万民を愛して、情ふかく憐みあつかるべし。われ一人の楽を専にして、民を苦ましむるは不仁なり。上仁あれば、民も亦、其めぐみになつきて、君を仰ぐ事、父母の如く思ひて忘れず。上は下を憐みて仁あり、下は上を尊びて義あるべし。上仁あり下義あれば、上下和合し、国土平安なり。一条内大臣の歌に、民やすく国ゆたかなる御代なれば君を千とせと誰が祈らぬといへるが如くなるべし。君を千とせと万民のいのるは、君の徳なり。まことにめでたく尊ぶべし。
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