廟堂忠告 / 重民第三
盖聞古之王者,授版則拜,切意萬乘之尊,為其民貶抑若是,甞疑焉而不取。既而思之,國之所以昌,四夷之所以靖,朝廷之所以隆,宗廟社稷所以血食悠久者,微民不能爾也。夫天以億兆之命託之君,君以億兆之命託之相,是知相也者,為君乂民者也;君也者,為天、為祖宗保民者也。天以是託我,祖宗以是託我,敢不敬與,敢不慎與?苟受其託而不能使之遂生安業,乃從而擾之、虐之、犬彘之、草菅之,則是逆天而違祖宗之命,以自戕其國也,而可乎?彼為民者,固不敢与校,然於天之心,於祖宗之心,其能無所戚欤?甞謂愛民者,無過於天,無過於祖宗,天生之難,祖宗得之為尤難。王者知其如是,凜凜焉未甞不以民生為重,聞其害則除之,覩其利則舉之,牧守非其人則易置之。今夫鷹師圉人所掌者,不過人主服御之一物,而人尚以內侍重之。刺史縣令,乃為祖宗、為國家牧飬斯民者,反視為不切而漫卑之,是愛民不如鷹犬,重內侍不如受祖宗國家一方生靈之寄者,豈不顛倒失體哉?大拞下之所以為,惟上是視,在上者誠有重民之心,而天下不治者,古今無有也。
新字:盖聞古之王者,授版則拝,切意万乗之尊,為其民貶抑若是,甞疑焉而不取。既而思之,国之所以昌,四夷之所以靖,朝廷之所以隆,宗廟社稷所以血食悠久者,微民不能爾也。夫天以億兆之命託之君,君以億兆之命託之相,是知相也者,為君乂民者也;君也者,為天、為祖宗保民者也。天以是託我,祖宗以是託我,敢不敬与,敢不慎与?苟受其託而不能使之遂生安業,乃従而擾之、虐之、犬彘之、草菅之,則是逆天而違祖宗之命,以自戕其国也,而可乎?彼為民者,固不敢与校,然於天之心,於祖宗之心,其能無所戚欤?甞謂愛民者,無過於天,無過於祖宗,天生之難,祖宗得之為尤難。王者知其如是,凜凜焉未甞不以民生為重,聞其害則除之,睹其利則舉之,牧守非其人則易置之。今夫鷹師圉人所掌者,不過人主服御之一物,而人尚以内侍重之。刺史県令,乃為祖宗、為国家牧飬斯民者,反視為不切而漫卑之,是愛民不如鷹犬,重内侍不如受祖宗国家一方生霊之寄者,豈不顛倒失体哉?大拞下之所以為,惟上是視,在上者誠有重民之心,而天下不治者,古今無有也。
書き下し
蓋(けだ)し聞く、古(いにしえ)の王者、版(はん)を授かれば則ち拝す、と。切(せつ)に意(おも)うに、万乗(ばんじょう)の尊きを以て、其の民の為に貶抑(へんよく)すること是くの若し。嘗て焉(これ)を疑いて取らざりき。既にして之を思うに、国の昌(さか)んなる所以、四夷(しい)の靖(やす)んずる所以、朝廷の隆(さか)んなる所以、宗廟社稷(そうびょうしゃしょく)の血食(けっしょく)悠久なる所以は、民に微(よ)らざれば爾(しか)る能わざるなり。夫れ天は億兆(おくちょう)の命を以て之を君に託し、君は億兆の命を以て之を相に託す。是れ相なる者は、君の為に民を乂(おさ)むる者なるを知るなり。君なる者は、天の為、祖宗の為に民を保つ者なり。天は是を以て我に託し、祖宗は是を以て我に託す。敢えて敬せざらんや、敢えて慎まざらんや。苟(いやしく)も其の託を受けて之をして生を遂げ業に安んぜしむる能わず、乃(すなわ)ち従いて之を擾(みだ)し、之を虐げ、之を犬彘(けんてい)にし、之を草菅(そうかん)にせば、則ち是れ天に逆らいて祖宗の命に違い、以て自ら其の国を戕(そこ)なうなり。而(しか)して可ならんや。彼(か)の民為(た)る者、固(もと)より敢えて与(とも)に校(くら)べざれども、天の心に於いて、祖宗の心に於いて、其れ能く戚(いた)む所無からんや。嘗て謂う、民を愛する者は天に過ぐる無く、祖宗に過ぐる無し、天の之を生ずること難く、祖宗の之を得ること尤(もっと)も難しと為す、と。王者は其の是くの如くなるを知り、凜凜(りんりん)焉(えん)として未だ嘗て民生を以て重しと為さずんばあらず。其の害を聞けば則ち之を除き、其の利を覩(み)れば則ち之を挙げ、牧守(ぼくしゅ)其の人に非ざれば則ち之を易(か)え置く。今夫れ鷹師(ようし)圉人(ぎょじん)の掌(つかさど)る所の者は、人主服御(ふくぎょ)の一物に過ぎざるも、人尚お内侍(ないじ)を以て之を重んず。刺史(しし)県令(けんれい)は乃ち祖宗の為、国家の為に斯(こ)の民を牧養(ぼくよう)する者なるに、反って視て切(せつ)ならずと為して漫(みだ)りに之を卑しむ。是れ民を愛すること鷹犬(ようけん)に如(し)かず、内侍を重んずること祖宗国家一方の生霊(せいれい)の寄する者を受くるに如かず。豈に顛倒(てんとう)して体(たい)を失うに非ずや。大氐(たいてい)下の為す所以は、惟(ただ)上を是れ視る。上に在る者、誠に民を重んずるの心有りて、天下治まらざる者は、古今未だ有らざるなり。
現代語訳
こう聞いている。古代の王は、戸籍簿を受け取ると拝礼した、と。深く考えてみれば、万乗の車を有する至尊の身でありながら、民のためにこれほどまでにへりくだったのである。私はかつてこの話を疑って信じなかった。しかし後になってよく考えてみると、国が栄える理由、周辺の異民族が平穏である理由、朝廷が盛んである理由、そして宗廟社稷への祭祀が永く絶えない理由は、すべて民あってこそであり、民なくしてはあり得ないのだとわかった。そもそも天は億兆の民の命を君主に託し、君主は億兆の民の命を宰相に託す。ここからわかるのは、宰相とは君主に代わって民を治める者であり、君主とは天のため、また祖先のために民を保護する者だということである。天がこの重責を私に託し、祖先もこの重責を私に託している。どうして敬わずにいられようか、どうして慎まずにいられようか。もしこの重い信託を受けながら、民に安心して生業を営ませることができず、かえって民を混乱させ、虐げ、犬や豚のように扱い、雑草のように軽んじるならば、それは天に逆らい祖先の命に背き、自ら国を傷つけることになる。そんなことが許されようか。民である者たちは、もとより権力者と張り合うことなどできないが、天の心において、祖先の心において、心を痛めずにいられるだろうか。かつて言われた。民を愛することにおいて天に勝るものはなく、祖先に勝るものはない。天がこの民を生み出すことは難しく、祖先がこの国と民を手に入れることはさらに難しかった、と。優れた王はこのことを知っているからこそ、常に身を引き締めて民の暮らしを重んじないことはなく、害があると聞けばこれを取り除き、利があると見ればこれを取り上げ、地方長官に適任者でない者がいればすぐに交代させる。ところで、鷹匠や馬丁が扱うものは、君主が身につけ用いる道具の一つに過ぎないのに、人々はそれでも君主の側近であるという理由でこれを重んじる。一方、刺史や県令は、祖先のため、国家のためにこの民を養い治める者であるのに、かえって重要でないと見なして粗末に扱う。これでは民を愛することが鷹や犬を大切にすることにも及ばず、側近を重んじることが、祖先や国家から一方の民の命を託された者を敬うことにも及ばない。これはあまりに本末転倒で道理を失っているのではないか。だいたい下の者のふるまいというのは、ひたすら上の者を見て倣うものである。上に立つ者に本当に民を重んじる心があって、それでいて天下が治まらなかった例は、昔から今まで一つもないのである。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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