講孟余話 / 盡心下 首章
昔シ禹思天下有溺者由己溺之也、稷思天下有飢者由己飢之、離婁下篇第二十九章ニ出ツ、己溺己飢、伊尹ノ己推スト同一義ナリ、己ノ一字親切熟慮スヘシ、盖シ堯ノ時ニ當リ、天下猶未タ平ナラズ、洪水橫流天下ニ氾濫セリ、黎民饑ニ沮ム、禹ト云ヘトモ、安ソ天下ノ溺ヲ救ントシテ己却テ其身ヲ溺サヽルコトヲ知ンヤ、稷ト云ヘトモ、安ソ天下ノ飢ヲ救ントシテ己却テ其身ヲ飢サヽルコトヲ知ランヤ、而シテ禹稷ノ二聖己レノ溺飢ヲ恤ヘスシテ、天下ノ溺飢ヲ恤フル者ハ、是皆聖人ノ仁ニシテ、伊尹ト先後其揆ヲ同フスル所也、
新字:昔シ禹思天下有溺者由己溺之也、稷思天下有飢者由己飢之、離婁下篇第二十九章ニ出ツ、己溺己飢、伊尹ノ己推スト同一義ナリ、己ノ一字親切熟慮スヘシ、盖シ堯ノ時ニ当リ、天下猶未タ平ナラズ、洪水横流天下ニ氾濫セリ、黎民饑ニ沮ム、禹ト云ヘトモ、安ソ天下ノ溺ヲ救ントシテ己却テ其身ヲ溺サヽルコトヲ知ンヤ、稷ト云ヘトモ、安ソ天下ノ飢ヲ救ントシテ己却テ其身ヲ飢サヽルコトヲ知ランヤ、而シテ禹稷ノ二聖己レノ溺飢ヲ恤ヘスシテ、天下ノ溺飢ヲ恤フル者ハ、是皆聖人ノ仁ニシテ、伊尹ト先後其揆ヲ同フスル所也、
書き下し
昔し「禹は天下に溺るる者有らば、己れ之れを溺らすが由しと思ふなり。稷は天下に飢うる者有らば、己れ之れを飢ゑしむるが由しと思ふ」離婁下篇第二十九章に出づ。己れ溺らし己れ飢ゑしむるは、伊尹の己れ推すと同一の義なり。己の一字、親切に熟慮すべし。蓋し堯の時に当たり、天下猶未だ平らかならず、洪水横流して天下に氾濫せり、黎民饑ゑに阻む。禹と云へども、安んぞ天下の溺るるを救はんとして己れ却つて其の身を溺らさざることを知らんや。稷と云へども、安んぞ天下の飢うるを救はんとして己れ却つて其の身を飢ゑしめざることを知らんや。而して禹・稷の二聖、己れの溺飢を恤へずして、天下の溺飢を恤ふる者は、是れ皆聖人の仁にして、伊尹と先後其の揆を同じうする所なり。
現代語訳
昔、「禹は、天下に溺れる者がいれば、自分がその人を溺れさせたかのように思った。稷は、天下に飢える者がいれば、自分がその人を飢えさせたかのように思った」離婁下篇第二十九章に出る。とある。自分が溺れさせ、自分が飢えさせたと思うのは、伊尹の「自分が突き落としたかのように思う」と同じ意味である。「己」の一字を身に引き寄せてよく考えるべきである。思うに堯の時代には、天下はまだ平らかでなく、洪水が横ざまに流れて天下にあふれ、民は飢えに苦しんでいた。禹といえども、天下の溺れる者を救おうとして、かえって自分の身を溺れさせることにならないとどうして分かろうか。稷といえども、天下の飢える者を救おうとして、かえって自分の身を飢えさせることにならないとどうして分かろうか。それでも禹と稷の二人の聖人が、自分が溺れ飢えることを気にかけずに天下の溺れ飢える者を気にかけたのは、みな聖人の仁であって、伊尹と時代の前後は違ってもその道筋は同じなのである。
解説
この章句が説くこと
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