講孟余話 / 盡心上 第四十四章
不可已ハ即チ本ニシテ脩身ナリ、所厚トハ家ナリ、故ニ格物致知、誠意正心ノ工夫ヲ以テ身ヲ脩ムルハ、人ノ本ニテ不可已コトナリ、家ヲ斉テ国天下ニ及フハ、厚ヨリ先ニシテ薄キニ及フナリ、是大学通篇ノ旨ニシテ、其他ノ聖経賢傳皆其義疏ナリ、其進銳者其退速ト、已ムヘキニ於テ却テ已メス、薄スル所ニ於テ却テ厚スル者、一旦ノ奮激ニテスルコトニシテ、眞ニ誠ヨリ発シ終始衰ヘサル者ニ非ス、故ニ其進銳ノ時ニ方テハ、已メサル者モ厚キ者モ或ハ及ハサルコトアリ、而シテ其退クノ速カナル、時去リ勢変シ、索然跡ナキニ至ニ、是即チ孝経ノ不愛其親而愛他人者、謂之悖德、不敬其親而敬他人者、謂之悖礼ノ義ナリ、世固ヨリ其親ヲ愛敬セスシテ他人ヲ愛敬スルノ人アリ、此類豈其レ久シカランヤ、是ヲ以テ君子ノ交ハ淡クシテ水ノ如ク、小人ノ交ハ濃クシテ醴ノ如シ、ソノ味モ知ルヘシ、君子道義ノ交ハ、淡キ故ニ久シテ変セズ、小人利欲ノ交ハ濃キ故ニ久シカラズシテ變ス、范魯公ノ詩ニ擧世重交遊、擬結金蘭契、忿怨容易生、風波當時起、所以君子心、汪々淡如水ト、善ク此情ヲ尽スト云ヘシ、
新字:不可已ハ即チ本ニシテ脩身ナリ、所厚トハ家ナリ、故ニ格物致知、誠意正心ノ工夫ヲ以テ身ヲ脩ムルハ、人ノ本ニテ不可已コトナリ、家ヲ斉テ国天下ニ及フハ、厚ヨリ先ニシテ薄キニ及フナリ、是大学通篇ノ旨ニシテ、其他ノ聖経賢伝皆其義疏ナリ、其進鋭者其退速ト、已ムヘキニ於テ却テ已メス、薄スル所ニ於テ却テ厚スル者、一旦ノ奮激ニテスルコトニシテ、真ニ誠ヨリ発シ終始衰ヘサル者ニ非ス、故ニ其進鋭ノ時ニ方テハ、已メサル者モ厚キ者モ或ハ及ハサルコトアリ、而シテ其退クノ速カナル、時去リ勢変シ、索然跡ナキニ至ニ、是即チ孝経ノ不愛其親而愛他人者、謂之悖徳、不敬其親而敬他人者、謂之悖礼ノ義ナリ、世固ヨリ其親ヲ愛敬セスシテ他人ヲ愛敬スルノ人アリ、此類豈其レ久シカランヤ、是ヲ以テ君子ノ交ハ淡クシテ水ノ如ク、小人ノ交ハ濃クシテ醴ノ如シ、ソノ味モ知ルヘシ、君子道義ノ交ハ、淡キ故ニ久シテ変セズ、小人利欲ノ交ハ濃キ故ニ久シカラズシテ変ス、范魯公ノ詩ニ挙世重交遊、擬結金蘭契、忿怨容易生、風波当時起、所以君子心、汪々淡如水ト、善ク此情ヲ尽スト云ヘシ、
書き下し
已むべからざるは即ち本にして修身なり。厚くする所とは家なり。故に格物致知・誠意正心の工夫を以て身を修むるは、人の本にて已むべからざることなり。家を斉へて国天下に及ぼすは、厚きより先にして薄きに及ぶなり。是れ大学通篇の旨にして、其の他の聖経賢伝は皆其の義疏なり。「其の進むこと鋭き者は其の退くこと速やかなり」と。已むべきに於て却つて已めず、薄くする所に於て却つて厚くする者は、一旦の奮激にてすることにして、真に誠より発し終始衰へざる者に非ず。故に其の進むこと鋭き時に方りては、已めざる者も厚き者も或いは及ばざることあり。而して其の退くことの速やかなる、時去り勢変じ、索然として跡なきに至る。是れ即ち孝経の「其の親を愛せずして他人を愛する者、之れを悖徳と謂ふ。其の親を敬せずして他人を敬する者、之れを悖礼と謂ふ」の義なり。世に固より其の親を愛敬せずして他人を愛敬するの人あり、此の類豈に其れ久しからんや。是を以て君子の交はりは淡くして水の如く、小人の交はりは濃くして醴の如し、其の味も知るべし。君子道義の交はりは淡き故に久しくして変ぜず、小人利欲の交はりは濃き故に久しからずして変ず。范魯公の詩に「世を挙げて交遊を重んじ、金蘭の契りを結ばんと擬す。忿怨容易に生じ、風波当時に起る。所以に君子の心は、汪々として淡きこと水の如し」と、善く此の情を尽くすと云ふべし。
現代語訳
やめてはならないものとは根本、すなわち身を修めることである。厚くすべきところとは家である。だから格物・致知・誠意・正心の工夫によって身を修めるのは、人の根本であって、やめてはならないことである。家を整えて国や天下に及ぼすのは、厚くすべきところを先にして、薄いところへ及ぼしていくことである。これが『大学』全体の趣旨であり、その他の聖人賢人の経典や伝はみなその注釈にあたる。「進むのが鋭い者は、退くのも速い」とある。やめるべきところでかえってやめず、薄くしてよいところでかえって厚くする者は、一時の興奮でそうしているのであって、本当に誠から発して終始衰えないものではない。だから勢いよく進んでいる時には、やめない者も厚くする者も、あるいはそれに及ばないことがある。しかし退くのも速く、時が去り勢いが変われば、すっかり跡形もなくなってしまう。これはつまり『孝経』の「自分の親を愛さずに他人を愛する者を悖徳(徳にそむく)といい、自分の親を敬わずに他人を敬う者を悖礼(礼にそむく)という」の意味である。世の中にはもともと、自分の親を愛し敬わずに他人を愛し敬う人がいる。こういう人がどうして長続きしようか。だから君子の交わりは淡くて水のようであり、小人の交わりは濃くて甘酒のようだという。その味わいも分かるだろう。君子の道義による交わりは淡いから長く続いて変わらない。小人の利欲による交わりは濃いから長続きせずに変わる。范魯公の詩に「世を挙げて人づきあいを重んじ、金蘭の契りを結ぼうとする。だが恨みはたやすく生じ、波風はその場で起こる。だから君子の心は、ゆったりと淡く水のようなのだ」とあるのは、よくこの情をとらえていると言えよう。
解説
この章句が説くこと
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