講孟余話 / 盡心上 第四十三章
師弟朋友皆德ヲ以テ交ル者ナリ、挾ム所アルヘカラズ、此章、万章下篇第三章ト并セ考フヘシ於不可已而已者、無所不已、於所厚者薄、無所不薄也ト云ハ、大学ニ其本乱、而末治者否矣、其所厚者薄、而其所薄者厚、未之有也、ト云ト同義ナリ、宜シク大学ヲ以テ觧トスヘシ、
新字:師弟朋友皆徳ヲ以テ交ル者ナリ、挟ム所アルヘカラズ、此章、万章下篇第三章ト并セ考フヘシ於不可已而已者、無所不已、於所厚者薄、無所不薄也ト云ハ、大学ニ其本乱、而末治者否矣、其所厚者薄、而其所薄者厚、未之有也、ト云ト同義ナリ、宜シク大学ヲ以テ觧トスヘシ、
書き下し
師弟朋友は皆徳を以て交はる者なり、挟む所あるべからず。此の章、万章下篇第三章と并せ考ふべし。「已むべからざるに於て已む者は、已まざる所なし。厚くする所の者に於て薄くすれば、薄くせざる所なし」と云ふは、大学に「其の本乱れて末治まる者は否ず。其の厚くする所の者薄くして、其の薄くする所の者厚きは、未だ之れ有らざるなり」と云ふと同義なり。宜しく大学を以て解とすべし。
現代語訳
師弟や友人は、みな徳によって交わるものである。身分や年齢などを笠に着て交わってはならない。この章は万章下篇第三章と併せて考えるとよい。(第四十四章)「やめてはならないところでやめる者は、何事もやめてしまう。厚くすべきところで薄くする者は、何事も薄くしてしまう」というのは、『大学』に「その根本が乱れていて末が治まることはない。厚くすべきものを薄くし、薄くしてよいものを厚くして、うまくいった例はない」とあるのと同じ意味である。『大学』をもってこの章の解釈とするのがよい。
解説
孟子は盡心上篇第四十三章で、身分や賢さ、年齢や功績を頼みにして問う者には答えない、と述べました。松陰はこれを、師弟も友も徳でだけ交わるものだと一言でまとめ、友を論じた萬章下篇第三章と併せて読めと言います。続く第四十四章の「已むべからざるに於て已む」については、『大学』の「本乱れて末治まる者は否ず」と同じ意味だとし、本と末、厚と薄の順序を取り違えるなと読みます。何から始めて何を後にするか、その順序を守ることが物事を続ける土台だという読み方です。
この章句が説くこと
本末師弟交友大学順序
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