講孟余話 / 盡心上 第三十五章
前章已ニ云フ、斉国ト云ヘトモ、人倫ニ比セハ甚輕クシテ簞食豆羹ニ異ナルコトナシト、此章云フ、徒ニ斉国ノミニ非ス、乃チ天下ト云トモ父子ノ重ニ比セハ敝蹝ニ均シキノミ、此章ノ義、萬章上篇首章ト合セ考ヘテ、大舜ノ心事ヲ察シ、孝ノ道ヲ悟ルヘシ、大氏孝ノ道ハ目中心中獨リ父母アルノミ、父母ナケレハ一日モ此身ナシ、何ソ况ヤ天子ノ貴四海ノ冨モ敝蹝ニ均シキ者ヲヤ、此意本注至レリ尽セリ、
新字:前章已ニ云フ、斉国ト云ヘトモ、人倫ニ比セハ甚軽クシテ箪食豆羹ニ異ナルコトナシト、此章云フ、徒ニ斉国ノミニ非ス、乃チ天下ト云トモ父子ノ重ニ比セハ敝蹝ニ均シキノミ、此章ノ義、万章上篇首章ト合セ考ヘテ、大舜ノ心事ヲ察シ、孝ノ道ヲ悟ルヘシ、大氏孝ノ道ハ目中心中独リ父母アルノミ、父母ナケレハ一日モ此身ナシ、何ソ況ヤ天子ノ貴四海ノ冨モ敝蹝ニ均シキ者ヲヤ、此意本注至レリ尽セリ、
書き下し
前章已に云ふ、斉国と云へども、人倫に比せば甚だ軽くして簞食豆羹に異なることなしと。此の章云ふ、徒らに斉国のみに非ず、乃ち天下と云へども父子の重きに比せば敝蹝に均しきのみ。此の章の義、萬章上篇首章と合せ考へて、大舜の心事を察し、孝の道を悟るべし。大抵孝の道は目中心中独り父母あるのみ。父母なければ一日も此の身なし。何ぞ況んや天子の貴、四海の富も敝蹝に均しき者をや。此の意本注至れり尽くせり。
現代語訳
前の章ですでに、斉の国といえども人倫に比べればとても軽く、一杯の飯や汁と変わらないと言った。この章では、斉の国だけではない、天下でさえ、父子の重さに比べれば破れた草履と同じだと言う。この章の意味は、萬章上篇首章と合わせて考え、大舜の心のうちを察し、孝の道を悟るべきである。おおよそ孝の道とは、目にも心にもただ父母だけがあることだ。父母がなければ一日もこの身はない。まして天子の尊さ、天下の富も、破れた草履と同じものであることは言うまでもない。この意味は、朱子の注に言い尽くされている。
解説
この章句が説くこと
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