講孟余話 / 盡心上 第三十三章
抑今ノ士ハ名ケテ武士ト云、其本職禍乱ヲ平ケ夷賊ヲ攘フニアリ、今時ノ如ク天下大平ノ唯中ニテハ、人皆其本職ヲ忘レ、脩文講武モ何ノ用タルコトヲ知ラス、此時ニ當テ自ラ其本職ヲ講究シ、一世ノ武士ヲシテ亦其本職ヲ知テ是ヲ講究セシメ、国家ヲ盛強ニ馴致セハ、豈其徒喰トセンヤ、不素餐兮、此四字ハ切実ノ語也、徒喰セヌト云コト也、貴賤智愚トナク、三度ノ食事ヲセヌ者ハナシ、功ナクシテ徒喰セハ、空シク天地間有用ノ物ヲ糜スト云ヘシ、宜シク一日三省シテ三食ノ徒ニナラヌ如ク心掛クベシ、
新字:抑今ノ士ハ名ケテ武士ト云、其本職禍乱ヲ平ケ夷賊ヲ攘フニアリ、今時ノ如ク天下大平ノ唯中ニテハ、人皆其本職ヲ忘レ、脩文講武モ何ノ用タルコトヲ知ラス、此時ニ当テ自ラ其本職ヲ講究シ、一世ノ武士ヲシテ亦其本職ヲ知テ是ヲ講究セシメ、国家ヲ盛強ニ馴致セハ、豈其徒喰トセンヤ、不素餐兮、此四字ハ切実ノ語也、徒喰セヌト云コト也、貴賤智愚トナク、三度ノ食事ヲセヌ者ハナシ、功ナクシテ徒喰セハ、空シク天地間有用ノ物ヲ糜スト云ヘシ、宜シク一日三省シテ三食ノ徒ニナラヌ如ク心掛クベシ、
書き下し
抑々今の士は名づけて武士と云ふ。其の本職禍乱を平らげ夷賊を攘ふにあり。今時の如く天下太平の唯中にては、人皆其の本職を忘れ、修文講武も何の用たることを知らず。此の時に当たりて自ら其の本職を講究し、一世の武士をして亦其の本職を知りて是れを講究せしめ、国家を盛強に馴致せば、豈に其の徒食とせんや。「素餐せず」、此の四字は切実の語なり。徒食せぬと云ふことなり。貴賤智愚となく、三度の食事をせぬ者はなし。功なくして徒食せば、空しく天地間有用の物を糜すと云ふべし。宜しく一日三省して三食の徒にならぬ如く心掛くべし。
現代語訳
そもそも今の士は、名づけて武士という。その本来の職務は、戦乱を鎮め、外敵を打ち払うことにある。今のように天下太平の真っただ中では、人はみなその本職を忘れ、学問を修め武芸を磨くことも何の役に立つのか分からなくなっている。この時に当たって、自らその本職を研究し、世の武士たちにも本職を知って研究させ、国家をしだいに盛んで強いものにしていくならば、どうしてただ飯を食う者と言われようか。「素餐せず」の四字は切実な言葉である。ただ飯を食わないということだ。身分の高低や賢愚にかかわらず、日に三度食事をしない者はいない。何の功もなくただ食べるならば、むなしく天地の間の役に立つものを食いつぶすと言うべきだ。一日に三度自分を省みて、三度の食事をただ食べるだけの者にならないよう心がけるべきである。
解説
この章句が説くこと
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