講孟余話 / 盡心上 第二十章
君子有三樂、而王天下、不與存焉、云々、仁斎云、此章謂、人苟有一樂、則雖王天下之樂、不能以易之ト、余退テ自ラ思フニ、余カ如キ実ニ勿体ナキ多幸ノ人ト云ヘシ、周公ノ聖モ兄弟ノ難アリ、孔子ノ聖モ幼ニシテ父母ヲ失フ、天子ノ貴ニモ陶朱ノ冨ニモ易ユヘカラサルハ、父母倶存、兄弟無故ノ一樂ナリ、然ルニ此樂ミタル事ヲ思ハスシテ、悠々日ヲ過スハ、実ニ天地神明ニ負ク至ト云ヘシ、第二ノ樂ノ天ニ愧ス人ニ怍サルハ、中々吾等式ノ云ヘキニ非ス、然トモ縲紲岸獄ハ衆人ノ愧怍スル所ニシテ、余獨リ自ラ誇伐ノ意アリ、是ヲ以テ思フニ、天下ノ事亦何ヲ以吾心ヲ愧怍セシメンヤ、然トモ愧怍ハ宜シク隱微愼獨ノ際ニ在テ、反觀內省スヘシ、豈人ニ向テ彊顏抗辨ノ時ヲ以テ知ルコトヲ得ンヤ、
新字:君子有三楽、而王天下、不与存焉、云々、仁斎云、此章謂、人苟有一楽、則雖王天下之楽、不能以易之ト、余退テ自ラ思フニ、余カ如キ実ニ勿体ナキ多幸ノ人ト云ヘシ、周公ノ聖モ兄弟ノ難アリ、孔子ノ聖モ幼ニシテ父母ヲ失フ、天子ノ貴ニモ陶朱ノ冨ニモ易ユヘカラサルハ、父母倶存、兄弟無故ノ一楽ナリ、然ルニ此楽ミタル事ヲ思ハスシテ、悠々日ヲ過スハ、実ニ天地神明ニ負ク至ト云ヘシ、第二ノ楽ノ天ニ愧ス人ニ怍サルハ、中々吾等式ノ云ヘキニ非ス、然トモ縲紲岸獄ハ衆人ノ愧怍スル所ニシテ、余独リ自ラ誇伐ノ意アリ、是ヲ以テ思フニ、天下ノ事亦何ヲ以吾心ヲ愧怍セシメンヤ、然トモ愧怍ハ宜シク隠微慎独ノ際ニ在テ、反観内省スヘシ、豈人ニ向テ彊顔抗弁ノ時ヲ以テ知ルコトヲ得ンヤ、
書き下し
「君子に三楽あり、而して天下に王たるは与り存せず」云々。仁斎云く、「此の章謂ふ、人苟も一楽あらば、則ち天下に王たるの楽しみと雖も、以て之に易ふること能はず」と。余退きて自ら思ふに、余が如き実に勿体なき多幸の人と云ふべし。周公の聖も兄弟の難あり、孔子の聖も幼にして父母を失ふ。天子の貴にも陶朱の富にも易ふべからざるは、父母倶に存し、兄弟故なきの一楽なり。然るに此の楽しみたる事を思はずして、悠々日を過ごすは、実に天地神明に負くの至りと云ふべし。第二の楽しみの天に愧ぢず人に怍ぢざるは、中々吾等式の云ふべきに非ず。然れども縲紲岸獄は衆人の愧怍する所にして、余独り自ら誇伐の意あり。是れを以て思ふに、天下の事亦何を以て吾が心を愧怍せしめんや。然れども愧怍は宜しく隠微慎独の際に在りて、反観内省すべし。豈に人に向かひて彊顔抗弁の時を以て知ることを得んや。
現代語訳
「君子には三つの楽しみがある。天下の王となることは、その中に入っていない」云々。伊藤仁斎は「この章が言うのは、人にもしこの楽しみの一つでもあれば、天下の王となる楽しみとさえ取り替えられない、ということだ」と言う。私は退いて自分を振り返ると、私などは本当にもったいないほど幸せな人間というべきだ。聖人の周公にも兄弟の災いがあり、聖人の孔子も幼くして父母を失った。天子の尊さとも、陶朱公の富とも取り替えられないのは、父母がともに健在で、兄弟に事故のないという一つ目の楽しみである。それなのに、これが楽しみであることを思わずに、のんびりと日を過ごすのは、まことに天地の神々に背く極みというべきだ。第二の楽しみの、天に恥じず人に恥じないということは、なかなか私などが口にできるものではない。けれども、縄目にかかり獄にあることは世の人が恥じるところだが、私だけはむしろ誇らしい気持ちがある。このことから思うに、天下の何事が私の心を恥じ入らせられようか。とはいえ、恥じるかどうかは、人目につかないところ、ひとりを慎むときにこそ、自分を省みて確かめるべきである。人に向かって強がり言い争うときに分かるものではない。
解説
この章句が説くこと
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