講孟余話 / 盡心上 第十四章
此章仁声ハ即チ前章割記スル所ノ妙ノ義ヲ以テ合セ考フヘシ、其人ニ入ルノ深キハ更ニ論ヲ俟タス、仁斉云ク、善政如桓公葵丘之會、所命諸侯之事是也、上篇第七章善教如設爲庠序学校、申之以孝悌之義是也、梁惠王、上篇第三章及ビ末章又云ク、善政民畏之、如訟者之對明吏不得欺也、善教民愛之、如子之視父母不忍欺也ト、皆說得テ好シ
新字:此章仁声ハ即チ前章割記スル所ノ妙ノ義ヲ以テ合セ考フヘシ、其人ニ入ルノ深キハ更ニ論ヲ俟タス、仁斉云ク、善政如桓公葵丘之会、所命諸侯之事是也、上篇第七章善教如設為庠序学校、申之以孝悌之義是也、梁恵王、上篇第三章及ビ末章又云ク、善政民畏之、如訟者之対明吏不得欺也、善教民愛之、如子之視父母不忍欺也ト、皆説得テ好シ
書き下し
此の章、仁声は即ち前章割記する所の妙の義を以て合せ考ふべし。其の人に入るの深きは更に論を俟たず。仁斎云く、「善政は桓公葵丘の会に諸侯に命ずる所の事の如き是れなり(上篇第七章)。善教は庠序学校を設け為して、之に申ぬるに孝悌の義を以てするが如き是れなり(梁恵王上篇第三章及び末章)」と。又云く、「善政は民之を畏る、訟ふる者の明吏に対して欺くことを得ざるが如し。善教は民之を愛す、子の父母を視て欺くに忍びざるが如し」と。皆説き得て好し。
現代語訳
この章の「仁声」(仁のこもった評判)は、前章で書き留めた「妙」の意味と合わせて考えるとよい。それが人の心に深く入ることは、改めて論じるまでもない。伊藤仁斎はこう言う。「よい政治とは、斉の桓公が葵丘の会盟で諸侯に命じた事柄のようなものである(上篇第七章)。よい教えとは、学校を設けて孝悌の道を繰り返し教えるようなものである(梁恵王上篇第三章と末章)」。また「よい政治を民は畏れる。訴え出た者が明察な役人の前では欺けないようなものだ。よい教えを民は愛する。子が父母を見て欺くに忍びないようなものだ」とも言う。どちらもうまく説き明かしている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「仁言は、仁聲の人に入るの深きに如かざるなり。善政は、善教の民を得るに如かざるなり。善政は民之を畏れ、善教は民之を愛す。善政は民の財を得、善教は民の心を得。」
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『講孟余話』盡心下 首章章 「不仁なるかな、梁の恵王や」。首の一句、是れ全章の主意なり。是れを承くるに、仁者・不仁者の両股を以てし、其の下公孫丑の問ひに因りて梁の恵王の不仁なる訳を云ひて、不仁の一股を釈す。仁の一股は言外に蘊するのみにて敢へて発顕せず。然れども其の落着却つて発顕せざる処にあり。恵王の事実は梁恵王上篇第五章を考ふべし。又仁の訳も同章に云ふ所を以て知るべし。「仁政を施し、刑罰を省き、税斂を薄くし」、入りて事へ、出でて事ふるの類是れなり。
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『講孟余話』離婁上 第九章「欲する所は之れを与へ、之れを聚め、悪む所は施すこと勿れ」。此の章此の二句に帰宿す。下文仁の字又此の二句を要約するなり。而して仁の字教養を兼ぬ。所欲・所悪は、註引く所の鼂錯の語甚だ明らかなり。但し其の所謂寿・富・安・逸の内に就きて教養の両意を観んことを要す。養の意は言はずして明らかなり。教の意は、民をして風俗善美、行義修整にして刑罰に遠からしめば、是れ民を寿ならしむるなり。民をして貧窮相恵み、疾病相恤み、鰥寡孤独其の所を得ざるなからしめば、是れ民を富ましむるなり。已に富み且つ寿ならば、安と云ふべし、逸と云ふべし。若し徒らに民を養ふを知りて教ふるを知らざれば、寿・富・安・逸未だ至れりとせず。教養の二字は孔孟論政の眼目なり。独り此の章のみに非ず。教養已に備はり、寿・富・安・逸已に至る時は、心を得、民を得、天下を得る、自ら成る所の効験なり。
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『童子問』卷中問ふ。何をか子を以て民を養ふと謂ふ。曰く、先王の民を視ること、猶ほ其の赤子のごとし。惟民の其の所を得ざるを恐る。故に民の産を制し、仰いでは以て父母に事ふるに足り、俯しては以て妻子を畜ふに足る。又庠序学校を設け為して、之を申ぬるに孝悌の義を以てす。斯れ之を子を以て民を養ふと謂ふなり。何をか民を以て民を治むと謂ふ。曰く、威を以て之に臨み、法を以て之を縄し、徒に駆逐して之を使令することを知りて、哀恤惻憫の心無し。斯れ之を民を以て民を治むと謂ふなり。孟子曰く、善政は民之を畏れ、善教は民之を愛す、と。又曰く、善を以て人を服する者は、未だ能く民を服する者有らざるなり。善を以て民を養ひて、然る後に能く天下を服す。天下心服せずして王たる者は、未だ之れ有らざるなり、と。此の二言は、乃ち篇中の要言なり。学者人君の為に説く者は、宜しく此を以て之に勧むべきなり。
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『講孟余話』離婁上 首章此の章、徒善にても徒法にても用を済まさず、法と善と兼備するに非ざれば不可なることを云ひて、重きを法に帰し、仁心仁聞ありて民其の沢を被らざるを議る。孟子の所謂法は即ち王政なり、仁政なり、五畝の宅・百畝の田・庠序学校の設けの類なり。然れども後世政を執る者深く察せず、却つて此の語に誤らるる者あり。宋の王安石、明の方孝孺の如き皆是れなり。安石・孝孺皆謂へらく、政の要は法の善悪にありと。故に務めて法度を紛更変易せんと欲す。是れ大いに非なり。大凡道に汚隆あり徳に厚薄ありと云へども、創業垂統の主は必ず百世に伝ふるの制度ある者なり。故に守成の臣子たる者は務めて祖宗の法制を講究し、且つ徒法にならざる様にするは徳を修むるにあるのみ。若し己の徳を修むるを知らず、祖宗の法制あるをも知らず、別に先王の法を求め周室の制に倣ふ時は、必ず枘鑿矛盾して大害大変を生ずること必せり。是れ安石・孝孺の誤る所なり。然らば孟子の説は非か。云ふ、否。治を為すは太甚を去るべし。孟子の時諸国の政大いに乱る。故に其の太甚を去りて是れを成周の旧に復せんと欲するなり。且つ孟子の時大いに乱ると雖も、猶周家の余緒を承く。宋明の周制を用ひ旧制を変じ、大いに人情に戾り衆目を駭かす如きに非ざるなり。是れ知らざるべからず。
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『講孟余話』盡心上 第二十二章此の章、梁恵王上篇第三章・末章に云ふ所と、全く其の義を同じうす。但し是れは養老の二字より説明す、最も親切を覚ゆ。「庠序学校を設け為す」と云はずして「其の妻子を導き、其の老を養ふ」と云ふ。是れ上行ひて下傚ひ、上令して下従ふを以て云ふ。庠序学校其の内にあり。伯夷・太公の文王に帰すること、又離婁上篇第十三章に出づ。合せ考へて知るべし、彼は虚を以て説き、是は実を以て説くことを。孟子聖人を引く、各々指す所あり。舜の事の如きは、前の第六章に云ふが如し。文王の事に至りては、此の章及び梁恵王上篇第二章(民と楽しみを同じうするの事)、下篇第三章(勇を好むの事)、第四章(岐を治むるの事)、離婁上篇第七章(文王を師とするの事)、第十三章(養老の事)、下篇第二十章(民を視ること傷むが如しの事)、上の第十章(文王を待ちて興るの事)等、大抵民を愛し仁を施し、業を創め統を垂るるに就きて云ふ。余常に謂ふ、今の諸侯に在りて尤も法を取るべきは文王に如くはなしと。又窃かに謂ふ、我が洞春公の業大いに文王に似たりと。文王の志は他国を并呑するに在らず、天位を窺窬するに在らず、只己が国政を正し、己が国民を撫し、其の心を推して隣国他国にても正しからざるの政、安んぜざるの民あれば、往きて正し往きて安んじ、方百里より天下を三分して其の二を有するに至ると云へども、一毫の覇気あることなく、敢へて威力を以て人を劫制し、其の国を利し其の民を役するに非ず。但し隣国を正して隣国服し、他国を安んじて他国悦ぶのみ。虞・芮の二国成を質すの一事を以ても亦知るべし。
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