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講孟余話 / 盡心上 第七章

二章恥ノ事論シ尽セリ、今又何ヲカ言ン、但君子ノ耻ル所ト小人ノ恥ル所トヲ、試ニ比較センニ、君子ハ德義ナキヲ恥、小人ハ名誉ナキヲ恥ツ、君子ハ才能ナキヲ恥、小人ハ官祿ナキヲ恥ツ、此類ヲ推シテ知ルヘシ、大氏小人ノ恥ル所ハ外見也、君子ノ恥ル所ハ内実ナリ、抑恥ノ一字ハ本邦武士ノ常言ニシテ、恥ヲ知ラサル程恥ナルハナシ、武士ノ恥ヲ知ラサルコト今日ニ至リ極レリ、武道ヲ興サントナラハ、先耻ノ一字ヨリ興スヘシ、今日何事カ第一ノ恥ナル、第二ノ恥ナル、第三ナル、第四ナルト、一二條款ヲ立テ工夫セハ可ナル庶幾カランカ

新字:二章恥ノ事論シ尽セリ、今又何ヲカ言ン、但君子ノ耻ル所ト小人ノ恥ル所トヲ、試ニ比較センニ、君子ハ徳義ナキヲ恥、小人ハ名誉ナキヲ恥ツ、君子ハ才能ナキヲ恥、小人ハ官禄ナキヲ恥ツ、此類ヲ推シテ知ルヘシ、大氏小人ノ恥ル所ハ外見也、君子ノ恥ル所ハ内実ナリ、抑恥ノ一字ハ本邦武士ノ常言ニシテ、恥ヲ知ラサル程恥ナルハナシ、武士ノ恥ヲ知ラサルコト今日ニ至リ極レリ、武道ヲ興サントナラハ、先耻ノ一字ヨリ興スヘシ、今日何事カ第一ノ恥ナル、第二ノ恥ナル、第三ナル、第四ナルト、一二条款ヲ立テ工夫セハ可ナル庶幾カランカ

書き下し

二章恥の事論じ尽くせり、今又何をか言はん。但し君子の恥づる所と小人の恥づる所とを、試みに比較せんに、君子は徳義なきを恥ぢ、小人は名誉なきを恥づ。君子は才能なきを恥ぢ、小人は官禄なきを恥づ。此の類を推して知るべし。大抵小人の恥づる所は外見なり、君子の恥づる所は内実なり。抑も恥の一字は本邦武士の常言にして、恥を知らざる程恥なるはなし。武士の恥を知らざること今日に至りて極まれり。武道を興さんとならば、先づ恥の一字より興すべし。今日何事か第一の恥なる、第二の恥なる、第三なる、第四なると、一二条款を立てて工夫せば、可なるに庶幾からんか。

現代語訳

恥を論じた二章(第六章・第七章)で恥のことは論じ尽くされている。今さら何を言うことがあろう。ただ、君子の恥じるところと小人の恥じるところを試しに比べてみると、君子は徳義のないことを恥じ、小人は名誉のないことを恥じる。君子は才能のないことを恥じ、小人は官職や俸禄のないことを恥じる。このたぐいを推して知るべきである。おおむね小人の恥じるところは見かけであり、君子の恥じるところは中身である。そもそも恥の一字は我が国の武士がつねに口にする言葉で、恥を知らないことほど恥ずかしいことはない。武士が恥を知らないことは、今日に至って極まった。武道を興そうとするなら、まず恥の一字から興すべきである。今日、何が第一の恥か、第二の恥か、第三か、第四かと、一つ二つ条目を立てて工夫すれば、よい線に近づけるのではないか。

解説

孟子は「人は以て恥無かるべからず」「恥の人に於けるや大なり」と、恥を知る心を人の要としました。松陰は君子と小人の恥の違いを、徳義と名誉、才能と官禄というように対にして示し、小人は外見を恥じ、君子は内実を恥じるとまとめます。そして恥を知らない武士が増えた今こそ、武道を恥の一字から立て直せと訴え、何が第一の恥か、条目を立てて考えよと具体策まで示します。他人の目ではなく、自分の中身の足りなさを恥じる感覚を持てるかどうかは、今の私たちにも問われていることです。

この章句が説くこと

恥君子内実武士道名誉

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