講孟余話 / 盡心上 第四章
此章上ノ求在我者ヲ承テ云、強恕而行、求仁莫近焉、トハ何等ノ親切ノ教ソヤ、大儀ナルコトヲ勉強シテスルト、人ノ情ヲ思遣リテ己ノ行ヲスルトヨリ学問ハ始ルコトニテ、是強恕ノ道ナリ、此下三章、皆莫近焉ノ意ヲ推シテ、切近ノ事ヲ以テ至理ヲ說クナリ
新字:此章上ノ求在我者ヲ承テ云、強恕而行、求仁莫近焉、トハ何等ノ親切ノ教ソヤ、大儀ナルコトヲ勉強シテスルト、人ノ情ヲ思遣リテ己ノ行ヲスルトヨリ学問ハ始ルコトニテ、是強恕ノ道ナリ、此下三章、皆莫近焉ノ意ヲ推シテ、切近ノ事ヲ以テ至理ヲ説クナリ
書き下し
此の章、上の「我に在る者を求む」を承けて云ふ。「恕を強めて行ふ、仁を求むること焉より近きは莫し」とは何等の親切の教へぞや。大儀なることを勉強してすると、人の情を思ひ遣りて己の行ひをするとより学問は始まることにて、是れ強恕の道なり。此の下三章、皆「焉より近きは莫し」の意を推して、切近の事を以て至理を説くなり。
現代語訳
この章は、前の「自分の内にあるものを求める」を受けて言う。「思いやりの心を努めて行う。仁を求めるのに、これより近い道はない」とは、なんと懇切な教えであろうか。面倒なことを努めて行うことと、人の気持ちを思いやって自分の行いをすることから学問は始まるのであって、これが恕を強めて行う道である。この下の三章は、みな「これより近い道はない」という意味を推し広げて、身近な事によってこのうえない道理を説いているのである。
解説
盡心上篇第四章は「万物皆我に備はる」で始まり、「恕を強めて行ふ、仁を求むること焉より近きは莫し」で結ばれます。松陰はこの結びの一句に注目し、学問は高遠な理論からではなく、面倒なことを努めてやることと、人の気持ちを思いやって行うことから始まると説きます。恕とは自分がされて嫌なことを人にしない思いやりのことで、それを努力してでも実行するのが仁への一番の近道だというのです。短い講説ですが、仁という大きな徳を日々の小さな行いに引き寄せる、松陰の教え方の特徴がよく出ています。
この章句が説くこと
恕仁思いやり努力学問
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