大和俗訓 / 巻之七・躬行下
一不仁にして吝嗇なれば、財多くもちても、人をすくひ惠むことなし。吝嗇ならざる人仁愛に心を用ひざれば、其施なくして、かへりて無益の事に財をつひやす。兩事をあげていはゞ、門內に饑に及べる乞食貧人來りて食をこへども、心を用ひて是をめぐまざれば、家のやつこも食をあたへず。又寒夜に客來りて語るに、客にしたがひ來れる下部などを、屋の内寒からざる所に入れ置き、こゞえざるやうにするは、いと易き事なるに、客に對するに專らにして、まぎらはしく、從者の寒氣にくるしむべきを心にかけざれば、彼が飢寒を知らずして、いたはる事なし。是心を用ひざればなり。善を行ふに志あらん人は、萬の事、折節につけて、心を用ひて、人の苦なからん事を思ひはかりて、人をすくふべし。
新字:一不仁にして吝嗇なれば、財多くもちても、人をすくひ恵むことなし。吝嗇ならざる人仁愛に心を用ひざれば、其施なくして、かへりて無益の事に財をつひやす。両事をあげていはゞ、門内に饑に及べる乞食貧人来りて食をこへども、心を用ひて是をめぐまざれば、家のやつこも食をあたへず。又寒夜に客来りて語るに、客にしたがひ来れる下部などを、屋の内寒からざる所に入れ置き、こゞえざるやうにするは、いと易き事なるに、客に対するに専らにして、まぎらはしく、従者の寒気にくるしむべきを心にかけざれば、彼が飢寒を知らずして、いたはる事なし。是心を用ひざればなり。善を行ふに志あらん人は、万の事、折節につけて、心を用ひて、人の苦なからん事を思ひはかりて、人をすくふべし。
書き下し
一不仁にして吝嗇なれば、財多くもちても、人をすくひ恵むことなし。吝嗇ならざる人仁愛に心を用ひざれば、其施なくして、かへりて無益の事に財をつひやす。両事をあげていはば、門内に饑に及べる乞食貧人来りて食をこへども、心を用ひて是をめぐまざれば、家のやつこも食をあたへず。又寒夜に客来りて語るに、客にしたがひ来れる下部などを、屋の内寒からざる所に入れ置き、こごえざるやうにするは、いと易き事なるに、客に対するに専らにして、まぎらはしく、従者の寒気にくるしむべきを心にかけざれば、彼が飢寒を知らずして、いたはる事なし。是心を用ひざればなり。善を行ふに志あらん人は、万の事、折節につけて、心を用ひて、人の苦なからん事を思ひはかりて、人をすくふべし。
現代語訳
不仁で吝嗇であれば、財を多く持っていても、人を救い恵むことはありません。吝嗇でない人でも、仁愛に心を用いなければ、施しがなくて、かえって無益なことに財を費やします。二つの例を挙げていえば、門の内に飢えた乞食や貧しい人が来て食べ物を乞うても、心を用いてこれに恵まなければ、家の召使いも食べ物を与えません。また寒い夜に客が来て語るとき、客に従って来た供の者などを、家の中の寒くない所に入れておき、凍えないようにするのは、たいへんやさしいことなのに、客の相手に夢中で気が紛れ、従者が寒さに苦しむことを心にかけなければ、その飢えや寒さを知らずに、いたわることもありません。これは心を用いないからです。善を行うことに志のある人は、何事も折にふれて心を用い、人の苦しみがないようにと思いはかって、人を救いなさい。
解説
この章句が説くこと
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一小児の時より、心もちやはらかに、人をいつくしみ、情ありて、人を苦めあなどらず、常に善を好み、人を愛し、仁を行ふを以て、志とすべし。人我が心にかなはざるとて、顔色をはげしくし、詞をあらくして、人を怒り罵るべからず。小児もし不仁にして、人を苦め侮りて情なくば、早くいましむべし。人に対して温和なれども、其身正しければ、幼きとて人侮らず。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「仁なる者は、人なり。合せて之を言えば、道なり。」
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言志四録・言志後録 第二百五十条 途に柩に遇ふ時の礼邦俗、途に柩に遇ふ時、貴人は則ち輿夫輿を擡げて走行し、徒行する者は則ち左右に顧みて唾す。太だ謂れ無きなり。宜しく旁らに辟けて佇立し、少しく俯すべし。是れ喪を哀しみて貌を変ずるなり。又途に縲絏の者に遇はば、則ち宜しく亦旁らに辟けて正視すること勿るべし。是れ罪を悪みて人を恤むなり。瞽者には則ち宜しく我より路を辟け、倹僕をして喝せしむること勿るべし。是れ仁者の用心なり。然れども貴人に在りては儀衛騶従を具ふれば、則ち行路自ら常法有り、必ずしも是くの如くするを得ず。但だ宜しく従者をして此の意を体知せしむべし。柩若しくは罪人に遇ひて、輿を擡げて疾走するが如きに至りては、則ち之を繳めしめて可なり。
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『君子訓』巻之上一生を好み死をおそるる事、人と我と同じ。身の艱難をきらひ安楽を願ふ事、人と我と同じ。父母妻子一処に在るを悦ぶ事、人と我と同じ。飢寒を苦み温飽を楽む事、人と我と同じ。然らば、我が悦び苦む心を以て、人の心を推はかりて、人にも悦び楽ましむべし。是を恕といふ。是仁を行ふ術なり。されば人に悦び楽ましめてこそ、我が心も楽むべけれ。人の憂を顧ずして、我独楽む事は有るべからず。譬へば一座にみちみちたる数十人、みな酒を飲みて楽む中に、唯一人隅に向ひて泣くものあらば、一座の人みな興さめぬべし。孟子にも、古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなりといへり。人の司となる人は、此道理を能くさとり給ふべし。智者は心明かにして、民の憂へ苦みをよく知りて施さず。民の楽み願ふ事を能く知りて施す。愚者は心昧くして、民の憂へ苦みを知らず、我一人の私のみに徇ひて、民をめぐむ事を好まず。是を以て、智者は必仁あり、愚者はかならず不仁なり。故によく学問し、道理に明かならば、などか仁心もおこらざるべき。
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