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講孟余話 / 盡心上 首章

余甲寅ノ歲澁木生ト下田獄ニ囚ハル、僅カニ半坪ノ檻ニ両人坐臥ス、日夜無事ナルニ因テ番人ニ賴ミ、赤穗義臣傳三河後風土記眞田三代記ナト数種ヲ借リテ相共ニ誦ス、時ニ両人万死自ラ期ス、今日ノ寛典ニ處セラルヘキコトハ、夢ニタモ思ハサルコト也、因テ余澁木生ニ語リ云ク、今日ノ読書コソ眞ノ学問ト云者ナリ、昔シ漢ノ夏矦勝黃覇両人獄ニ下ル、夏矦勝ハ儒者ナレハ、黃覇夏侯勝ニ学問ヲ授カリ度由ヲ云、勝朝聞道夕死可矣ト云コトモアレハ、是非トモ授カリ度ト申セシ故、勝モ其辞ニ感シテ遂ニ授ケシニ、三年ノ間獄中ニテ講論怠ラサリシカ、大赦ニ因テ両人共ニ獄ヲ出テ、再ヒ官ニ登リシト云コトアリ、両人獄ニ在ル時、固ヨリ他日ノ大赦ハ夢ニモ知ラヌコトナリ、然トモ道ヲ樂ムノ厚ク、学ヲ好ムノ至リ斯ノ如シ、今吾輩両人亦此意ヲ師スヘシト云ヘハ、澁木生モ大ニ喜ヘリ、余今此章ヲ読ミ、前日ノ說ト暗合スルコトアルヲ喜ヒ、又澁木生カ溘焉夕死、復タ共ニ此章ヲ講論スルコトヲ得サルヲ悼ミ、泫然トシテ涙下ル、

新字:余甲寅ノ歳渋木生ト下田獄ニ囚ハル、僅カニ半坪ノ檻ニ両人坐臥ス、日夜無事ナルニ因テ番人ニ頼ミ、赤穂義臣伝三河後風土記真田三代記ナト数種ヲ借リテ相共ニ誦ス、時ニ両人万死自ラ期ス、今日ノ寛典ニ処セラルヘキコトハ、夢ニタモ思ハサルコト也、因テ余渋木生ニ語リ云ク、今日ノ読書コソ真ノ学問ト云者ナリ、昔シ漢ノ夏矦勝黄覇両人獄ニ下ル、夏矦勝ハ儒者ナレハ、黄覇夏侯勝ニ学問ヲ授カリ度由ヲ云、勝朝聞道夕死可矣ト云コトモアレハ、是非トモ授カリ度ト申セシ故、勝モ其辞ニ感シテ遂ニ授ケシニ、三年ノ間獄中ニテ講論怠ラサリシカ、大赦ニ因テ両人共ニ獄ヲ出テ、再ヒ官ニ登リシト云コトアリ、両人獄ニ在ル時、固ヨリ他日ノ大赦ハ夢ニモ知ラヌコトナリ、然トモ道ヲ楽ムノ厚ク、学ヲ好ムノ至リ斯ノ如シ、今吾輩両人亦此意ヲ師スヘシト云ヘハ、渋木生モ大ニ喜ヘリ、余今此章ヲ読ミ、前日ノ説ト暗合スルコトアルヲ喜ヒ、又渋木生カ溘焉夕死、復タ共ニ此章ヲ講論スルコトヲ得サルヲ悼ミ、泫然トシテ涙下ル、

書き下し

余甲寅の歳渋木生と下田獄に囚はる。僅かに半坪の檻に両人坐臥す。日夜無事なるに因りて番人に頼み、赤穂義臣伝・三河後風土記・真田三代記など数種を借りて相共に誦す。時に両人万死自ら期す。今日の寛典に処せらるべきことは、夢にだも思はざることなり。因りて余渋木生に語りて云く、今日の読書こそ真の学問と云ふ者なり。昔し漢の夏侯勝・黄覇両人獄に下る。夏侯勝は儒者なれば、黄覇夏侯勝に学問を授かり度き由を云ふ。勝、「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」と云ふこともあれば、是非とも授かり度しと申せし故、勝も其の辞に感じて遂に授けしに、三年の間獄中にて講論怠らざりしが、大赦に因りて両人共に獄を出でて、再び官に登りしと云ふことあり。両人獄に在る時、固より他日の大赦は夢にも知らぬことなり。然れども道を楽しむの厚く、学を好むの至り斯くの如し。今吾輩両人亦此の意を師とすべしと云へば、渋木生も大いに喜べり。余今此の章を読み、前日の説と暗合することあるを喜び、又渋木生が溘焉として夕に死し、復た共に此の章を講論することを得ざるを悼み、泫然として涙下る。

現代語訳

私は安政元年(甲寅)、渋木生(金子重之助)とともに下田の獄に囚われた。わずか半坪の檻に二人で座り、寝起きした。日夜することがないので番人に頼んで、『赤穂義臣伝』『三河後風土記』『真田三代記』など数種を借り、ともに読んだ。そのとき二人とも、必ず死罪になると覚悟していた。今日のような寛大な処分を受けるとは、夢にも思わなかった。そこで私は渋木生にこう語った。「今日の読書こそ本当の学問というものだ。昔、漢の夏侯勝と黄覇の二人が獄に下った。夏侯勝は儒者だったので、黄覇は夏侯勝に学問を授けてほしいと願った。『朝に道を聞けば夕べに死んでもよい』という言葉もあるから、ぜひとも授けてほしいと申し出たので、夏侯勝もその言葉に感じてついに授けた。三年の間、獄中で講義と議論を怠らなかったが、大赦によって二人とも獄を出て、再び官職に就いたということがある。二人が獄にいた時、もちろん後の大赦など夢にも知らなかった。それでも道を楽しむ心が厚く、学問を好むことがこれほどであった。今、我々二人もこの心を手本にしよう」。そう言うと、渋木生も大いに喜んだ。私は今この章を読み、あの日の話と思いがけず一致するところがあるのを喜び、また渋木生がにわかに死んで、再びともにこの章を論じ合えないことを悼み、はらはらと涙が落ちる。

解説

安政元年、ペリーの船に乗り込もうとして捕らえられた松陰と金子重之助(渋木松太郎)は、下田の半坪の檻で死罪を覚悟しながら軍記物を読み合いました。松陰はそのとき、獄中で三年学び続けた漢の夏侯勝と黄覇の故事を語り、生きて出られるかどうかに関係なく学ぶことこそ本当の学問だと励まします。命の長短に迷わず身を修めるという孟子の言葉が、あの日の会話と重なったことを喜びつつ、獄で病死した金子を思って涙する結びは、留魂録にも通じる松陰の情の深さを伝えます。

この章句が説くこと

学問獄中金子重之助夏侯勝覚悟

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