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講孟余話 / 盡心上 首章

殀壽不貳ノ四字、誠ニ吾輩ノ良誠ナリ、殀モ壽モ皆吾カ心底ニ任スルコトニ非ス、唯身ヲ脩ルハ己ニアリ、我已ニアリ我已ニ老タリ、今更学問ニモ及ハズ、或ハ墓ナキ浮世僅カ五十年ノ光陰ニ、事業モ入ラヌ物ナリト云類、或ハ悟リヲ開キタルニ似ルアリ、懶惰ニ陷リテ返ルコトヲ知ラサルモアリ、少シハ優劣アルカ如シト雖トモ、均シク皆立命ト云コトヲ知ラサルナリ、凢ソ人一日此世ニアレハ、一日ノ食ヲ食ヒ、一日ノ衣ヲ着、一日ノ家ニ居ル、何ソ一日ノ学問一日ノ事業ヲ勵マサルヘケンヤ、假ハ逆旅ノ如シ、茶屋小屋ニ休宿スル時ハ、夫々ニ茶代宿代ヲ與フルカ如シ、天地ハ萬物ノ逆旅ニシテ、衣食居ヲ初メ、天地万物ノ恩ヲ受ケナカラ、其恩ニ報セサルハ実ニ天地ノ盜人、万物ノ蠢蟲トニテ、茶代宿代ヲ與ヘスシテ逆旅ヲ過ルカ如シ、豈惧レサランヤ、

新字:殀寿不貳ノ四字、誠ニ吾輩ノ良誠ナリ、殀モ寿モ皆吾カ心底ニ任スルコトニ非ス、唯身ヲ脩ルハ己ニアリ、我已ニアリ我已ニ老タリ、今更学問ニモ及ハズ、或ハ墓ナキ浮世僅カ五十年ノ光陰ニ、事業モ入ラヌ物ナリト云類、或ハ悟リヲ開キタルニ似ルアリ、懶惰ニ陥リテ返ルコトヲ知ラサルモアリ、少シハ優劣アルカ如シト雖トモ、均シク皆立命ト云コトヲ知ラサルナリ、凢ソ人一日此世ニアレハ、一日ノ食ヲ食ヒ、一日ノ衣ヲ着、一日ノ家ニ居ル、何ソ一日ノ学問一日ノ事業ヲ励マサルヘケンヤ、仮ハ逆旅ノ如シ、茶屋小屋ニ休宿スル時ハ、夫々ニ茶代宿代ヲ与フルカ如シ、天地ハ万物ノ逆旅ニシテ、衣食居ヲ初メ、天地万物ノ恩ヲ受ケナカラ、其恩ニ報セサルハ実ニ天地ノ盗人、万物ノ蠢虫トニテ、茶代宿代ヲ与ヘスシテ逆旅ヲ過ルカ如シ、豈惧レサランヤ、

書き下し

殀寿貳はずの四字、誠に吾輩の良誡なり。殀も寿も皆吾が心底に任ずることに非ず、唯身を脩むるは己にあり。我已に老いたり、今更学問にも及ばず、或いは果敢なき浮世僅か五十年の光陰に、事業も入らぬ物なりと云ふ類、或いは悟りを開きたるに似るあり、懶惰に陥りて返ることを知らざるもあり、少しは優劣あるが如しと雖も、均しく皆立命と云ふことを知らざるなり。凡そ人一日此の世にあれば、一日の食を食ひ、一日の衣を着、一日の家に居る、何ぞ一日の学問・一日の事業を励まざるべけんや。仮へば逆旅の如し、茶屋小屋に休宿する時は、夫々に茶代宿代を与ふるが如し。天地は万物の逆旅にして、衣食居を初め、天地万物の恩を受けながら、其の恩に報ぜざるは、実に天地の盗人、万物の蠹虫とにて、茶代宿代を与へずして逆旅を過ぐるが如し。豈に惧れざらんや。

現代語訳

「若死にか長生きかに迷わない」の四字は、まことに我々のよい戒めである。若死にも長生きも自分の思いどおりになることではなく、ただ身を修めることだけが自分にかかっている。自分はもう年をとった、今さら学問でもない、あるいは、はかない浮世のわずか五十年の歳月に事業などいらないものだ、と言うたぐいは、悟りを開いたようなものもあり、怠惰に陥って戻ることを知らないものもあり、少しは優劣があるようだが、ひとしくみな命を立てるということを知らないのである。およそ人が一日この世にいれば、一日の食を食べ、一日の衣を着、一日の家に住む。どうして一日の学問、一日の事業に励まずにいられようか。たとえば旅の宿のようなものだ。茶屋や小屋で休んだり泊まったりすれば、それぞれ茶代や宿代を払う。天地は万物の旅の宿であり、衣食住をはじめ天地万物の恩を受けながら、その恩に報いないのは、実に天地の盗人、万物の虫けらであって、茶代も宿代も払わずに宿を通り過ぎるようなものである。恐れずにいられようか。

解説

松陰は「殀寿貳はず」の四字を、年齢を言い訳に学ばない人への戒めとして読みます。もう年だから、人生わずか五十年だから、と悟ったふりをして怠けるのは、命を立てることを知らない態度だというのです。そして天地を旅の宿に、自分を旅人にたとえ、一日生きれば一日分の衣食住の恩を受けているのだから、一日分の学問と仕事でその代金を払えと説きます。茶代も払わずに宿を出るのは天地の盗人だ、という譬えは強烈ですが分かりやすく、日々を漫然と過ごしがちな私たちの胸にも刺さります。

この章句が説くこと

立命報恩学問日々怠惰

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