講孟余話 / 告子下 第十五章
余カ罪アリテ江戶獄ニ繋ルヽヤ、吾師平象山モ亦連逮セラル、時ニ余ト一版牆ヲ隔テヽ居ル、獄中四書一本アリ、象山日夜孟子ヲ誦読ス、獨リ此章ヲ取リ一日必ス一誦ス、又其後ニ題シテ云ク、璞玉ノ連城トナリ、鋼鉄ノ干將トナル、其琢磨淬勵ヲ受ル亦甚タ苦シキヲ引キ、自ラ十年來海防ノ事ニ苦労シ、遂ニ獄ニモ降ルコトヲ叙述シ、畢竟是レ天ノ大任ヲ降サント欲スルノ意ナレバ、愈益琢磨淬勵シテ、天意ニ報セスンハアルヘカラスト也、其文甚美也、余亦寫錄シテ自ラ属マス、然トモ獄ヲ出ル時携ルコトヲ得ス、今又其全文ヲ擧ルコトヲ得ズ、以テ憾トス、但其主意ノ如キハ、已ニ是ヲ胸臆ニ銘ス、死スト雖トモ忘レサルヘシ、
新字:余カ罪アリテ江戸獄ニ繋ルヽヤ、吾師平象山モ亦連逮セラル、時ニ余ト一版牆ヲ隔テヽ居ル、獄中四書一本アリ、象山日夜孟子ヲ誦読ス、独リ此章ヲ取リ一日必ス一誦ス、又其後ニ題シテ云ク、璞玉ノ連城トナリ、鋼鉄ノ干将トナル、其琢磨淬励ヲ受ル亦甚タ苦シキヲ引キ、自ラ十年来海防ノ事ニ苦労シ、遂ニ獄ニモ降ルコトヲ叙述シ、畢竟是レ天ノ大任ヲ降サント欲スルノ意ナレバ、愈益琢磨淬励シテ、天意ニ報セスンハアルヘカラスト也、其文甚美也、余亦写録シテ自ラ属マス、然トモ獄ヲ出ル時携ルコトヲ得ス、今又其全文ヲ挙ルコトヲ得ズ、以テ憾トス、但其主意ノ如キハ、已ニ是ヲ胸臆ニ銘ス、死スト雖トモ忘レサルヘシ、
書き下し
余が罪ありて江戸獄に繋がるるや、吾が師平象山も亦連逮せらる。時に余と一版牆を隔てて居る。獄中に四書一本あり。象山日夜孟子を誦読す。独り此の章を取り、一日必ず一誦す。又其の後に題して云く、璞玉の連城となり、鋼鉄の干将となる、其の琢磨淬励を受くる亦甚だ苦しきを引き、自ら十年来海防の事に苦労し、遂に獄にも降ることを叙述し、畢竟是れ天の大任を降さんと欲するの意なれば、愈々益々琢磨淬励して、天意に報ぜずんばあるべからずとなり。其の文甚だ美なり。余亦写録して自ら励ます。然れども獄を出づる時携ふることを得ず、今又其の全文を挙ぐることを得ず、以て憾みとす。但し其の主意の如きは、已に是れを胸臆に銘ず、死すと雖も忘れざるべし。
現代語訳
私が罪を得て江戸の獄につながれたとき、私の師の佐久間象山も連座して捕らえられた。そのとき象山は、私と板塀一枚を隔てた所にいた。獄中に四書が一揃いあり、象山は日夜『孟子』を読誦していたが、とりわけこの章を選んで、一日に必ず一度は誦した。またその後ろに文を書きつけた。磨かれる前の玉が城をいくつも連ねるほどの宝となり、鋼鉄が名剣干将となるには、磨かれ焼きを入れられる苦しみを受けることを引き、自分が十年来海防のことに苦労して、ついに獄にまで下ったことを述べ、結局これは天が大任を下そうとする意志なのだから、いよいよ自らを磨き鍛えて天の意に応えなければならない、という内容であった。その文はたいへん美しかった。私も書き写して自分を励ました。しかし獄を出るとき持ち出すことができず、今その全文を挙げられないのが心残りである。ただその主旨は、すでに胸に刻んである。死んでも忘れないだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集醒・吾が德を厚くして以て之を迓ふ天我が福を薄くせば、吾吾が德を厚くして以て之を迓へん。天我が形を勞せば、吾吾が心を逸にして以て之を補はん。天我が遇を阨せば、吾吾が道を亨らせて以て之を通ぜん。
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菜根譚・前集天の機緘は測られず。抑えて伸ばし、伸ばして抑う。皆な是れ英雄を播弄し、豪傑を顛倒する処なり。君子は只だ是れ逆来順受し、安きに居りて危うきを思わば、天も亦た其の技倆を施す所無し。
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『五常訓』巻之三・仁之下天よりうけたる所の五常の性を、全くたもち行ひて欠かざるは、たとへば曽子の、父母にうけたる身体を毀ひ傷らざるが如し。天より我を富貴にし給ふは、父母の我を愛するが如し。天恩をよろこんで忘るべからず。天より我を貧賤にして憂あらしむるは、天の我を悪み給ふにはあらず、我が身に艱難を見せしめて、我が徳行を成就せしめん為なれば、天を怨むべからず。親に事ふる孝子は、其身生ける間は、親にそむかず、したがひ事ふ。死ぬれば心安んじて、親に恥づる事なきが如く、天につかふる人も、生ける間は、天道に従ひてつかへ奉るが、人となれる道なり。死ぬれば心安くして、天に恥づる所なかるべし。是いはゆる、朝に道をきいて、夕に死すとも可なりの意也。凡西銘の意は、はじめより半まで、人は天の子にして、天地万物、皆我が一体なることを説けり。半より後は、天地につかへて仁を行ふ道をいへり。尤よく見て、其理を自得すべし。
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史記 孔子世家夫人帷中より再拝す、環珮の玉声璆然たり。孔子曰く、「吾郷に見えずと為す、之を見るに礼もて答ふ」と。子路説ばず。孔子之に矢ひて曰く、「予が否なる所の者は、天之を厭たん、天之を厭たん」と。衛に居ること月余、霊公夫人と車を同じくし、宦者雍渠参乗し、出で、孔子をして次乗為らしめ、招揺して市に之を過ぐ。孔子曰く、「吾未だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ざるなり」と。是に於て之を醜とし、衛を去り、曹を過ぐ。是の歳、魯の定公卒す。孔子曹を去りて宋に適き、弟子と礼を大樹の下に習ふ。宋の司馬桓魋孔子を殺さんと欲し、其の樹を抜く。孔子去る。弟子曰く、「以て速やかにすべし」と。孔子曰く、「天徳を予に生ず、桓魋其れ予を如何せん」と。孔子鄭に適き、弟子と相失ひ、孔子独り郭の東門に立つ。鄭人或ひと子貢に謂ひて曰く、「東門に人有り、其の顙は堯に似、其の項は皋陶に類し、其の肩は子産に類す、然れども要より以下は禹に及ばざること三寸。纍纍として喪家の狗の若し」と。子貢実を以て孔子に告ぐ。孔子欣然として笑ひて曰く、「形状は末なり。而るに喪家の狗に似たりと謂ふは、然るかな、然るかな」と。孔子遂に陳に至り、司城貞子の家に主たり。歳余にして、呉王夫差陳を伐ち、三邑を取りて去る。趙鞅朝歌を伐つ。楚蔡を囲み、蔡呉に遷る。呉、越王句践を会稽に敗る。隼有り陳の廷に集まりて死す、楛矢之を貫く、石砮にして、矢の長さ尺有咫。陳の湣公使をして仲尼に問はしむ。仲尼曰く、「隼の来たること遠し、此れ粛慎の矢なり。昔武王商に克ち、道を九夷百蛮に通じ、各々其の方賄を以て来貢せしめ、職業を忘るること無からしむ。是に於て粛慎楛矢石砮を貢す、長さ尺有咫。先王其の令徳を昭らかにせんと欲し、粛慎の矢を以て大姫に分かち、虞の胡公に配して諸を陳に封ず。同姓に分かつに珍玉を以てし、親を展ぶ。異姓に分かつに遠職を以てし、服を忘るること無からしむ。
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