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講孟余話 / 告子下 第十章

白圭曰、吾欲二十而取一、此章ノ義、又滕文公下篇第八章割記スル所ト參觀スヘシ、孟子ノ時ニ方テ、十一ノ稅ニテサヘ足ラサル列國ノ習ナルニ、况シテ欲二十而取一トハ、其誇誕実効ナキコト云ハスシテ知ルヘシ、故ニ孟子、城廓宮室宗廟祭祀幣帛饔飧百官有司、中国人倫ノ道ヲ行フニ於テ、十一ノ稅ナクテハ不足ナルコトヲ云ナリ、若シ十一ハ中正ノ制ニシテ、是ヨリ重キハ大桀小桀、是ヨリ輕キハ大貉小貉ト、古今ヲ一概ニ通論セハ、大ニ非也、果シテ然ラハ、漢ノ制三十而稅一、本朝ノ古制三十而稅一ヨリモ又輕シ、是皆貉之道ト云ヘキカ、故ニ什一ヨリ重クスルノ大桀小桀ハ、是カ民タル者実ニ憐ムヘシト云トモ、什一ヨリ輕クスルノ大貉小貉ハ、甚願ハシキ事共ナリ、然トモ中國人倫ノ道ヲ去テ是ヲ爲スニ至テハ、又不可也、

新字:白圭曰、吾欲二十而取一、此章ノ義、又滕文公下篇第八章割記スル所ト参観スヘシ、孟子ノ時ニ方テ、十一ノ税ニテサヘ足ラサル列国ノ習ナルニ、況シテ欲二十而取一トハ、其誇誕実効ナキコト云ハスシテ知ルヘシ、故ニ孟子、城廓宮室宗廟祭祀幣帛饔飧百官有司、中国人倫ノ道ヲ行フニ於テ、十一ノ税ナクテハ不足ナルコトヲ云ナリ、若シ十一ハ中正ノ制ニシテ、是ヨリ重キハ大桀小桀、是ヨリ軽キハ大貉小貉ト、古今ヲ一概ニ通論セハ、大ニ非也、果シテ然ラハ、漢ノ制三十而税一、本朝ノ古制三十而税一ヨリモ又軽シ、是皆貉之道ト云ヘキカ、故ニ什一ヨリ重クスルノ大桀小桀ハ、是カ民タル者実ニ憐ムヘシト云トモ、什一ヨリ軽クスルノ大貉小貉ハ、甚願ハシキ事共ナリ、然トモ中国人倫ノ道ヲ去テ是ヲ為スニ至テハ、又不可也、

書き下し

白圭曰く、「吾二十にして一を取らんと欲す」。此の章の義、又滕文公下篇第八章割記する所と参観すべし。孟子の時に方りて、十一の税にてさへ足らざる列国の習なるに、況して「二十にして一を取らんと欲す」とは、其の誇誕実効なきこと云はずして知るべし。故に孟子、城郭・宮室・宗廟・祭祀・幣帛・饔飧・百官有司、中国人倫の道を行ふに於て、十一の税なくては不足なることを云ふなり。若し十一は中正の制にして、是れより重きは大桀小桀、是れより軽きは大貉小貉と、古今を一概に通論せば、大いに非なり。果して然らば、漢の制は三十にして一を税し、本朝の古制は三十にして一を税するよりも又軽し、是れ皆貉の道と云ふべきか。故に什一より重くするの大桀小桀は、是れが民たる者実に憐むべしと云ふとも、什一より軽くするの大貉小貉は、甚だ願はしき事どもなり。然れども中国人倫の道を去りて是れを為すに至りては、又不可なり。

現代語訳

白圭が「私は税を二十分の一にしたい」と言った章である。この章の意味は、滕文公下篇第八章で記したことと見比べるとよい。孟子の時代には、十分の一の税でさえ足りないのが列国の常であったのに、まして二十分の一にしたいというのは、大言ばかりで実効のないことは言わずとも分かる。だから孟子は、城郭・宮殿・宗廟・祭祀・贈り物・饗応・役人たちと、中国で人倫の道を行うには十分の一の税がなければ足りないと言ったのである。もし十分の一が中正の制度で、これより重いのは大桀・小桀(桀王のような暴政)、これより軽いのは大貉・小貉(北方の貉の国のような礼制のないやり方)だと、昔も今も一律に論じるなら、大きな誤りである。もしそうなら、漢の三十分の一の税や、それよりもさらに軽い我が国の古い制度は、みな貉の道だというのか。だから十分の一より重くする大桀・小桀の下にいる民は実に気の毒だが、十分の一より軽くする大貉・小貉は、むしろ大いに望ましいことである。ただし、中国の人倫の道を捨ててまでそうするのは、やはりいけない。

解説

孟子は白圭の「税は二十分の一に」という案を、国家の礼制や官吏を支えられない北方の貉の道だと退けました。松陰はこれに半分だけ同意します。税を軽くしすぎて人倫の制度を捨てるのは誤りだが、漢や古代日本の三十分の一の税まで貉の道と呼ぶのは行き過ぎだ、と孟子の言葉を時代に照らして読み直すのです。古典の言葉を絶対視せず、事実と照らして使える所と使えない所を分ける読み方は、野山獄での講義全体に通じる態度でもあります。

この章句が説くこと

税制中庸古典の読み方孟子白圭

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